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エンベッド(Embed)文化のムーブメントは、Microsoftを変えられるか?

MicrosoftのYahoo!買収話が世間に伝えられてから久しくなっている。
結果はともかく、IT業界全体が、製品やパッケージに価値がある世界から、サービスレイヤーにようやく価値が遷移しはじめていることは誰の目からみても明らかである。

テレビのニュースなどでは、検索サービス1位であるGoogleに追いつくために、検索サービス2位のYahoo!の買収というストーリーで報道されることが多い。

これはこれで、正しい話ではあるが、むしろ、Yahoo!の現在の価値は、検索やポータルサイトということではないとボクは考えている。Microsoftの本当の狙いはYahoo!のポータルの価値ではなく、Googleの多面的な展開に対向するための戦力増強であろう。Microsoftにとっての価値は、Yahoo!が2005年に買収した写真共有の「Flickr」やブックマーク共有の「del.icio.us」らの「エンベッド(埋め込み)」によるシンジケート力がすべてなのである。

これらのWEBサービスの特徴は、Yahoo!のサービスとして提供されているわけではない点に注目していただきたい。Yahoo!のビジネスは、今までYahoo!の中ですべて完結できるポータルサイトを目指してきた(Microsoftも同様のサービスをMSNとして提供している)。これが広告の媒体価値を上げるための唯一の錬金術であり、つまり、MicrosoftもYahoo!もメディアを常に指向してきたから、クローズ戦略で顧客をロックして離れないようサイト粘着性を高める努力をしてきた。

その対極にあるのが、Googleであり、Googleは常にメディアではなく、テクノロジーを駆使したサービスにフォーカスしてきた。ユーザーの滞在時間には全く興味がなく、ユーザーが望むことを察知し、期待に応じて情報を自動で提供していく。そして、ユーザーの行動に無理なく広告を付加するという手法「アドワーズ(AdWords)」を開発したことにより、現在の不動のポジションを獲得してきた。しかし、その「アドワーズ」は、なんとYahoo!傘下の「Overture」のビジネスモデルを参考に、2000年のネットバブルの中、苦肉の策として開発されたものだ。もしもこのビジネスがなければ、Googleといえども現在の姿はなかったかもしれない。

Googleが生き延びることができた理由はただひとつ、常に「ユーザー視点」の姿勢があったからである。広告を掲載する際も、ダブルクリックから派手なバナーを仕入れるでもなく、できる限り目立たないように掲載するという手法を取ってきている(かつてのYahoo!もそうであった)。しかし、Yahoo!はメディアである以上、広告スペースの登場によって、ユーザー視点とは関係のないマス的な広告主寄りの広告を露出するというジレンマが発生した。

Googleのサービスは、ポータル指向ではないので、1か所にまとめる必要はなかった。しかし、広告の機会を考えると、まとまったほうが使いやすいので、iGoogleにGoogle
News、GmailにGoogle Calendarなどの連携が現在では図られている。

しかし、Googleのサービスの本質は、あくまでもユーザーに嫌われないことが大前提である。そこで、アプローチがなされたのが、従来、有料サービスとして提供されていたものを企業買収によってGoogle MapsやGoogle Earthとして、API方式での無料提供を行うことであった。メディアとして、コンテンツと共に抱き合わせ広告の露出を高めるのではなく、ユーザーに自身のアイデアで開発可能な地や空間を与え、開拓者精神のあるギークなハッカーと共にユーザーを共有しながら、ありとあらゆるユーザーの動向を分析していくという手法を選んだ。

ユーザーの動向を今までは、検索窓に入力された単語からしか類推できなかったが、メールの文脈、地図上の動き、写真、動画とありとあらゆるデータから人類の興味を日夜分析している。しかも、他力本願型の「クラウドソーシング」の構造であるから、サービスがさらに新たなサービスを生み続けている。

一方、Microsoftがメディアとして巨大コンテンツのネットワークを形成したとしても、ユーザーが関心のある情報について検索ツールを駆使して、日用品のように使い始めた今となっては、ハリウッドがやってこようが、テレビの世界がやってこようがあまり意味がなくなってしまっている。

そこで、MicrosoftがYahoo!傘下のWEB2.0企業を手中にすることによって何ができるのか? それは、コンテンツをネタにして、広告を見せるということではなく、オーガニック(自然)な検索や、APIマッシュアップ、FacebookやMySpaceに代表されるようなSNSへのエンベッドというユーザーへの浸透力アップではないだろうか? ソーシャルニュースサイトのDiggとの間でも広告出稿契約だけでなく、Microsoftが熾烈な買収合戦を展開している様相にも納得ができる。

本来、MicrosoftはWindowsOS以外にも99%以上の確率で市場を握るチャンスがあったはずだ。たとえば、ブラウザに関しては、OS標準という圧倒的に優位な立場にあった。検索サイトも、最初からMSNが推奨されているにもかかわらず削除され続けたのである。

ブログやSNSにしても、すべて担当者が寝ていたとしか思えない。いや、それは失礼だ。そういうビジネスを考える部署がMicrosoftにはなかったとしかボクには考えられない。

買収話がまとまり、MicrosoftがYahoo!を傘下に収めたとしても、Googleに勝つためには、いくつか必要な要件が残っている。

MicrosoftがマッシュアップのAPIを促進してユーザーの便宜を図る前に、ユーザーから見事に毎年税金のように搾取してしまうという従来のビジネスモデルのDNAが動きかねない。それをどこまで我慢し、ユーザー視点になれるかが重要である。納得して購入できるサービスの体制を再構築しなければならない。パッケージソフトウェアのビジネススキームの発想では、エンベッド型の文化におけるシェアは獲得できないばかりか、買収する2.0型企業のサービスをも殺しかねない。

そもそも、自社で作成したソフト「Windows」のウィルスソフトが何社からも発売され、ソフトウェアのベストセラーとなり、巨大な市場になっていることを容認していること自体が考えられないビジネス構造ではないだろうか? もしかすると、バックマージンを供与しているのかとさえ疑いたくなる。誰のOSで迷惑を被っているのかを今一度、真摯に考えてみてほしい。

もし、これがGoogleならば、開発者のボランティアを募り、オープンソース型でウィルスソフトのパッチを公開していくことだろう。ウィルスソフトを作る人よりも、パッチをあてる人のほうが多ければ、浄化されるのはウィキペディアなどで証明されている。

むしろ、新興のFacebook(SNS)の成長こそ、Microsoftは見習うべきであろう。ライバルでさえもエンベッドできるという懐の深さが必要なのかもしれない。それはユーザーが望むことなら、何でもできるという、「ユーザー視点」に立った開き直りである。

イソップ童話の「北風と太陽」ではないが、そろそろ太陽がでないと凍りついたYahoo!の心は固く閉ざされたままなのかもしれない。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2008/02/25
 「2008年ネット業界展望─SNSはオープン型、コラボレーション型の時代へ」
http://mediasabor.jp/2008/02/2008snsby.html


○CNET  2008/02/25
 「巨人はなぜ動いたか--Microsoft、Yahoo!買収提案の背景にあるもの」
http://japan.cnet.com/column/mori/story/0,2000055916,20368120,00.htm


○CNET  2008/02/14
 ソーシャルグラフの将来像--「もう一つの社会」が浮かび上がる
http://japan.cnet.com/marketing/socialgraph/story/0,3800084199,20367242,00.htm


○Thirのはてな日記  「一言で言い表せないウェブサービスは死ぬ」2008/03/04
 初期のうちからなんでもかんでも詰め込まれたサービスは、結果として
 その「場」の価値観と核の喪失につながり、結果として認知されず、膨大な
 ウェブの世界に埋没することになる。しかし、一度何かのサービスで成功
 すれば、そのブランドを活用して、同一ブランド内で別のサービスを展開
 することは十分に可能だ。だからこそ、まずは何らかの単独サービスにより
 ブランドの認知と価値観の創出に努めるべきであろう。
http://d.hatena.ne.jp/thir/20080304/1204570098


○ITmedia News  2008/03/12
 YouTube、「どこでもYouTube」を可能にする新API公開
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/12/news107.html


○ITmedia News  2008/03/14
 「創りたい、伝えたい――ネットと個人は止まらない」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/14/news050.html


○アンカテ(Uncategorizable Blog)
 「経営の未来」に従業員の未来を見る 2008/03/10
 グーグルの独自性は技術ではなくマネージメントにある、ということだ。
 創業者二人はもちろん技術を重視している。技術的な独創性と比較優位は
 重要だ。だがそれは十分条件ではなく必要条件、入口にすぎない。ネット
 の中での競争では、技術に加えてプラスアルファが必要だ。
http://d.hatena.ne.jp/essa/20080310/p1


○七左衛門のメモ帳 「無料より優れたもの」 2008/03/09
http://memo7.sblo.jp/article/12121626.html


○メディア・パブ 2008/03/01
 「グーグル広告のクリック数が減少,曲がり角を迎えているのか」
http://zen.seesaa.net/article/87791896.html


○WIRED VISION  ニュースを「インテリジェンス」に変えるツール  2008/02/19 
 『Europe Media Monitor(EMM) NewsBrief』は、35カ国語で配信される
 世界各地のニュースを1日24時間年中無休で10分ごとに読み込んで要約し、
 そのニュースをストレートな見出しあるいは時間・空間的な
 「クラスター(まとまり)」として図示する[EMMサイトによれば、世界中の
 約1400に上るニュースポータルやニュースフィードから1日に約4 万の
 ニュースを収集している。サイト表示は約20カ国語で可能]。
http://wiredvision.jp/news/200802/2008021923.html


○POLAR BEAR BLOG 2008/03/13
 「Google は社内でどんなツールを使ってるの?」
http://akihitok.typepad.jp/blog/2008/03/google-4b0f.html


○ITpro  2008/02/21
 第33回 2008年に注目すべき10の技術トレンド
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080128/292207/


○GIGAZINE  2006/11/11
 「Web2.0風サイトを作るのに必要なモノあれこれまとめ」
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20061111_web20_design/


○梅田望夫 My Life Between Silicon Valley and Japan
 「Crowdsourcing」 2006/08/07
 「Crowdsourcing」は、「アマチュア論」みたいに「Crowds」側に焦点を
 合わせてモノを見る見方ではなく、企業・組織の側から見るんだ、
 ということを、定義として徹底する必要がある。僕はそこが
 「Peer Production」との最大の違いだと考える。
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20060807/p1

 

 


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