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米金融危機で復活したニューディール政策めぐる論議とその限界

 米国の低所得者向け住宅融資(サブプライムローン)焦げ付きに端を発する金融危機についてはすでに語り尽くされた。だが、3月半ばに上位米投資銀行の経営破綻を契機に、ドル安は一気に進行して1ドル=100円を割り、原油先物取引価格は1バレル=110ドル台を超えた。輸入品価格は値下がり、ガソリン価格はさらに上昇。今回の危機深化は庶民の日常生活に直結し、より身近になった。

 こんな中、米国では「諸悪の根源は軍事費の途方もない拡大」との認識から、大恐慌後の1930年代に採用されたニューディール政策、すなわち公共事業を中心に財政支出で経済成長をけん引させるというケインズの理論をめぐる議論が復活した。果たして議論は米経済正常化に有効だろうか。


▼「政策理念を取り戻せ」と主張

 3月16日に米連邦準備制度理事会(FRB)が公定歩合を0.25%引き下げたことに対し、「金利引き下げでドルの価値をさらに低下させた。この措置は中国、中東産油国などの対米投資に一層ブレーキをかけ、巨大化した米国の経常・貿易・財政収支の“三つ子の赤字”を支える柱が崩壊する」と警告したのは経済ジャーナリストのリチャード・C・クック氏だ。同氏は製造業や社会・産業基盤(インフラ)を再建し、社会的弱者を視野に所得保障制度の導入など大胆な改革でニューディール政策の理念を取り戻せと主張してきた。

 同氏は米国が30年も前から製造業を労働力の安価な国へと移転したことで自らこの窮地に陥ったと説明、「今や米国人はクレジットカードの残余借用額を目いっぱい使い中国製品を購入している。中国政府はこの米国の経済衰退を若者らに誇らしく語っている」と嘆く。また、レーガン政権下(1981─89)の元財務省高官がTVで「中国は米国の銀行だ。今や自動車を製造するより、ドル紙幣を印刷する方が安い」とコメントしたことに激しく憤った。「米ドルの覇権」が誤算、驕りのため裏目に出てしまったとみているのだ。

 氏が示す病める米経済への処方箋は「改革への真の挑戦」と命名され、富裕者優遇税制を廃止して国家財政を立て直し、本物の公共事業へ財政支出を唱道した。これで製造業再建に向けたインフラを整備して赤字解消への第一段階とし、続いて国民皆保険、所得保障制度などへと進むことを提起している。


▼軍事ケインズ主義解体の提言

 現在、日本のメディアでも取り上げられ最もホットな論議を呼んでいるのが知日派として著名なカルフォルニア大学名誉教授チャルマーズ・ジョンソン氏の軍拡を公共事業とみなす政治経済構造の解体提言である。氏はこの構造を生んだ思想を軍事ケインズ主義と命名し、「頻繁な戦争実施を公共政策の要とし、巨額な軍需支出と巨大な軍隊保持で豊かな資本主義を持続可能とする主張」と定義している。

 また、年間実質1兆ドルを上回り世界の総軍事費の約7割を占める超過剰な軍事費が米民主主義体制に深く組み込まれ、巨大な軍隊、軍需産業、政界の3者が揺るがぬ利益共同体を形成してしまったことを指摘。これが国家債務を未曾有の10兆ドル近くにまで膨らませ、米国を国家破綻の瀬戸際に追い込んでいると憂慮し、「国防費をケインズ主義のプログラムに用いることを止めよ」と警告している。


▼新ニューディール政策の限界

 米国の代表的論客である両人の主張、提言は正論である。しかし、まず指摘せねばならないのは、ニューディール政策(ケインズ主義の実践)は米国の第2次大戦参戦によって実を結んだという歴史的事実である。それが戦時下経済と結びつき成功したことが、その後の東西冷戦下での軍事費拡大、軍産複合体の肥大化、米国製造業の衰退を促していった元凶といえる。ニューディール政策は元来「軍事ケインズ主義」だったのである。

 次に、冷戦終焉後の1990年代初頭に米国経済は大きな構造転換を強いられた。財政再建に向け軍事予算を大幅削減したクリントン政権(1993─2001)の政策は米軍需企業の吸収・合併と縮小を強いた。また、軍事技術の民用転換は情報技術(IT)産業を興隆させたが、株式などの経済バブル崩壊の側面もあった。一方、理工系大卒者らの金融業界への大量進出による金融工学創出は経済の奇形化をもたらし、製造業再建にはつながらなかった。逆に後継のWブッシュ政権は反動として当初から軍拡を最優先していた。

 閉塞状況への突破口は米国が「唯一の超大国」であることを放棄し、国際政治を多極化へと導き、製造業を基礎に国内経済構造を大転換することであろう。だが、08年大統領選でこの政策を争点とする候補者は皆無である。今や民主、共和両党とも軍需、石油、金融業界に呪縛されているからで、誰が大統領になろうと軍事・外交政策に基本的変化は望めそうにない。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○安原和雄の仏教経済塾 「国家破産に瀕するアメリカ帝国」2008/03/13
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/blog-entry-144.html


○WIRED VISION / 小島寛之の「環境と経済と幸福の関係」
 「貨幣のいたずら─その多機能性が悲劇を生む」 2008/03/14
http://wiredvision.jp/blog/kojima/200803/200803140100.html


○全ての人へ 「FRBのかじ取りと決算発表」2008/03/18
 FRBは幾つかの新しい施策を発表した。
 驚いたのは、プライマリーディーラーへの公定歩合貸出制度だ。
http://subetenohitohe.cocolog-nifty.com/kopia/2008/03/frb_b70d.html


○池田信夫blog  2007/11/12
 サブプライム問題と「ナイトの不確実性」
 不確実性に直面したとき、人々が市場でどういう行動をとるかについて
 考察したのは、実はナイトではなくケインズである。確率論の専門家
 でもあった彼は、貨幣の存在理由を「将来の金利の不確実性」に求め、
 これを流動性選好と名づけた。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/79b3d5b603df184edb98974a49db9b32

 

 


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