メンズファッションモードの大波、「トラッドではないアメリカントラッド」
- ファッション・ジャーナリスト
「アメリカントラッド」という津波が世界を飲み込み始めた。古典的なプレッピーやアイビーなどをベースに、フォルムやボリュームでアンバランスさを出したり、スポーツテイスト、リラックス感などを加味した新しいアメトラは、ビッグウェーブに育っている。
レディースファッションに比べ、一般的に言ってメンズは流行の波が低い。レディースでは毎シーズン、新たなうねりが押し寄せてくるのが常だが、メンズではそこまで目まぐるしいモードチェンジは起きないものだ。しかし、今シーズンはメンズも大波を迎えている。
今シーズンのアメトラ・ムーブメントの火付け役と言って間違いないのがThom Browne(トム・ブラウン)氏。メンズモードを牽引するNYのトレンドセッターだ。自らの「Thom Browne(トム ブラウン)」ブランドと、「Brooks Brothers(ブルックス ブラザーズ)」の「Black Fleece(ブラック フリース)」ブランドで提案するスタイルは、タイトでコンパクト。胴回りを絞り込んだ短めジャケットと、足首が見えるほど短丈のパンツのセットアップが「トム・ブラウン」スタイルを象徴する。
1960年代の「古きよき」アメリカを象徴する、ジョン・F・ケネディ米大統領や、アクション俳優のスティーブ・マックイーンなどのファッションに通じるいさぎよさがある。それでいて、ネクタイの先をパンツに入れたり、ショート靴下で足首を露出したり、いたずらっぽい仕掛けも多彩だ。
アメリカントラッドをモダンに昇華させたブラウン氏のスタイルはNYだけでなく、世界中を魅了している。メンズファッション界で今、最も動向が気になるデザイナーの1人と言って間違いない。この春夏コレクションではサーフ・ビーチカルチャーをイメージし、半袖のジャケットに短パンスーツというスタイルも発表した。
そのブラウン氏を初の外部デザイナーとして迎え入れたのが、1818年創業の老舗で、アメリカントラッドの代表格とされる「ブルックス ブラザーズ」。2007─08年秋冬に発表した新ブランド「ブラック フリース」で、ブラウン氏をデザイナーに据えた。
初コレクションのファーストルックで、薄いクリーム地に赤と黒の細線チェックのコート、スーツ、ベストを送り出し、その後もタイト&コンパクトなラインを並べた「ブラック フリース」はアメリカントラッドをモダンに読み替えて喝采を浴びた。保守的なにおいのあったトラッドを、ブラウン氏は遊び心あふれる若々しい流れに引き寄せた。
「ブラック フリース」に象徴されるように、今、市場を席巻しているのは、単に昔のアメリカントラッドを懐かしみ、そのまま焼き直したのではなく、トラッドをベースにしながら、これまでの決まりを破ったり、常識的スタイルを崩したりした「トラッドではないトラッド」。確信犯的にルールを踏み越えるデザイナーたちのアウトローぶりがメンズファッションに新風を吹き込み、その変化を感じ取った大手百貨店や有名セレクトショップも新アメトラスタイルを歓迎しているようだ。
例えば、ジャケットが細身なら、パンツは少しルーズなシルエットというように、ボリュームや仕立て味の相反する合わせでイメージの固定を逃れる。野暮ったさとキレイめという真逆系セットアップもアンチトラッドの手口。トラッド系ボトムではなかったバギーパンツやショートパンツ、スエットパンツなどを取り入れて、これまでのトラッドにはなかったリラックス感をまとわせるといったアイデアにも新味がある。
逆の組み合わせもある。ナイロンブルゾンやパーカーなど、ゆったりめのトップスに、肌にぴったりした細身のスキニーパンツで合わせる「上ブカ・下ピタ」のアンバランス演出だ。くだけた感じのポロシャツの上に、正統派ジャケットを羽織るような「崩し」のバリエーションは比較的取り入れやすいだろう。
トラッドはトラッドであるがゆえに、縮こまってきた。スタイルが着こなしを制約し、つまらなくしていった。アメトラはアイビー、プレッピーといった大波を経て、モードのダイナミズムを自ら失っていったように見える。
しかし、ブラウン氏らが起こした、トラッドをいじり倒すムーブメントは、かつてトラッドが持っていた愛嬌や遊びゴコロ、批評精神を取り戻すことに成功した。伝統的なテイストは大事にしながらも、アメリカンファッションらしいリゾート感覚やスポーツ性も盛り込んで、ミックススタイルを提案している。
この絶妙のポジショニングは、かつてトラッド本流に飽きて離れていった人や、ストリート系アメリカンカジュアルを卒業した人の両方を呼び込んでいるようだ。その結果、大人世代はよりトラッド寄りに、若い世代はアメカジテイスト寄りで着こなし始め、さらにアレンジの懐が深くなっている。
老舗ブランドだけが新アメトラを率いているわけではない。2004年創業というまだ若いブランド「BAND OF OUTSIDERS(バンド オブ アウトサイダーズ)」もその一翼を担う。日本でも「バーニーズ ニューヨーク」や「インターナショナルギャラリー ビームス」などが取り扱っている。
「バンド オブ アウトサイダーズ」のデザイナー、スコット・スターンバーグ氏はハリウッドの映像畑から転身した変わり種。ファッション界での下積み経験なしに、自分の着たい服を目指してアメリカントラッドを基調としたブランドを立ち上げた。
アメトラをベースにしながらも、ひねった解釈を随所にちりばめている。はっきり主張を込めているのが、ジャケットのような立体仕立てを施したシャツだ。定番のボタンダウンシャツは背中にダーツを入れて、胴回りをかなり細めに仕上げると同時に、着丈もかなり短め。ジャケットもヒップが出るほど短い。伝統的なアイテムに、極めて現代モード風のバランスを持ち込んだ。
西海岸らしいリラックス感や、自然を思わせる色使いも「バンド オブ アウトサイダーズ」流。ダウンタウンのくつろぎ感と、モードの匂いがないまぜになった表情がトラッドとカジュアル、伝統と革新を感じさせる。
【編集部ピックアップ関連情報】
○ブルックス ブラザーズ: http://www.brooksbrothers.com/
○トム・ブラウン: http://thombrowne.com/
○Elastic 2008/05/02
「本当のアメリカンスタイルを誰も知らない」HUgE6月号
HUgE 6月はアメトラ特集。「本当のアメリカンスタイルを誰も知らない」
という表紙のフレーズがなんとも挑戦的です(笑)モード寄りの雑誌が
アメトラの特集を組むのはトム・ブラウン効果だと思いますが、
モード系の雑誌としては珍しく「CODE in TRAD」と題し、アイビーの
定義や教条主義的なことが書いてあります。
http://taf5686.269g.net/article/12221835.html
○Lounger's Talk 「アメリカン・トラッド」 2008/02/02
ちょっと前から、アメリカン・トラッド(略して、アメトラ)が
トレンドになっているようですね。おそらく、トム・ブラウンの
成功が呼び水になったのでしょうが、昔はアイヴィーと呼ばれた
この種のファッションが注目されるは久し振りだと思います。
http://loungers.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_38bf.html
○コダワリのモノ 2008/02/27
「バンド・オブ・アウトサイダース/Band of Outsidersのボタンダウンシャツ」
http://kodamono.blog41.fc2.com/blog-entry-511.html
○daily-ecru 「春のひとり言」 2008/02/29
ここ数年、アメトラ(アメリカン・トラッド)ブームで、
ラルフ・ローレンやトム・ブラウン、バンド・オブ・アウトサイダーズ
などアメリカのブランドが人気ですが、その中でもトム・ブラウン。
最近はブルックス(コーヒーじゃありません)とコラボしたりして、
私も気になります。
http://blog.livedoor.jp/ecru2/archives/51342569.html
○LONDON?TOKYO STYLE 2007/10/06
「Black Fleece by Thom Browne」
デザイナーのトムブラウンさん、彼はややナードよりのおかしな
着こなしで知られていますが、実際はアイヴィー育ちで伝統的な
着こなしを知ったうえでのスタイルです。以前パリの
セレクトショップで自ら店頭に立ち自身のブランドの
セールスクラークをしたようですが、新宿伊勢丹においても接客を
行いました。
http://blog.livedoor.jp/tokiolondon/archives/50883145.html
○ブランドファッション通信 2007/09/27
「トムブラウン」と「ブラックフリース」の違い
http://brandbanzai.seesaa.net/article/57564486.html
○The Countdown, Season II, Thom Browne(YouTube映像 03:23)
http://jp.youtube.com/watch?v=IEjfxpEaQIU&feature=related
○The Countdown, Season II, Band of Outsiders(YouTube映像 03:57)
http://jp.youtube.com/watch?v=tY6qDtSzS4Y&feature=user
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