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旅と花の理想的な関係「フラワーツーリズム」

 先日、南房総の海岸沿いの田舎道を、取材の道すがら歩いた。天気が良く、潮風も心地良く吹いている日だった。とくに際立った観光名所があるところではなかったが、何でもない歩道の片隅に野花がたくさん咲いていた。とても小さな藍色や紫色の花で、忙しく考えごとをしていれば見落とすような花だった。そこは、田舎の匂いがした。雑草や野花に囲まれた独特の匂いがして、ただ懐かしく、それらの花をしばらく、ただぼんやりと眺めていた。

 私はもはや、都市生活者であることを実感した。そういえば、家の近くの通い慣れた小径を歩いていると、花の匂いに、ふと立ち止まることがある。そこには沈丁花や、水仙、スミレ、キンモクセイなどが咲いている。5月中旬の朝まだきに、露に濡れた水仙の匂いを嗅いだとき、私の記憶は田舎で育った幼少の頃に引き戻されていた。まだ自分の背丈が、花の高さとそんなに変わらない頃、庭に水仙の花がたくさん咲いていたことを思い出してしまった。

 南房総に行った日は、東京駅から乗った電車で、3人の女性が私の席の近くに座って「お花摘みに行くのだ」とはしゃいでいた。同じ小さな駅で降り、別れたが、帰りも偶然に同じ車両に乗り合わせた。彼女たちの片手には摘んできたばかりの花が握られていた。

 フラワーツーリズムというものがある。横文字であるために、正確な意味はよくわからないが、要するに花と触れ合う旅、花による地域振興なども大きな意味で含まれるのだろう。ゴールデンウイーク中に取材で訪れた埼玉県秩父市の羊山公園は芝桜の名所で、開花期間中に100万人以上の観光客が訪れるという。

 春に伊豆・河津町を通りかかったときには驚いた。早朝にも関わらず、河津桜を見る観光客で埋めつくされていた。

 昔から日本人は花を愛で、わざわざ花を見るために、足を運んだ。桜の時期の花見はその典型で、花見は嵯峨天皇(786―842年)の時代から始まったという一説もある。豊臣秀吉が1598年4月20日に1300人を従えて盛大に開いた「醍醐の花見」はあまりに有名だ。

 平成になっても日本人は、昔と変わらず、桜の名所を探して、桜の花の下で、花と酒に酔う。紅葉狩りも、フラワーツーリズムだ。秋も深まれば、綺麗な紅葉に出会いたくて、ハイキング客なども増えている。

 今や日本中に、さまざまな種類の植物園やフラワーパーク、植物庭園が点在する。世界各地の珍しい花も観賞することができる。開花季節にはたくさんの人が押し寄せるだろう。しかし、人工的な造りが強調されてしまうと、リピーター客の取り込みは難しい。何もなかった場所にブルドーザーがやって来て、突如サッカー場ほどの四角の花壇ができ上がる。そこに入場料を払って入園しても、長時間飽きずに見詰めていられるだろうか。見渡す限りの花に囲まれるのは壮麗で、壮観なのだが、数分間も見ていれば、花に酔ってしまう。

 フラワーパークや植物園も、できる限り人工的な部分が消えるのが、理想である。そしてその地域一帯に、自然なかたちで花が存在していることが大切だと思う。花は情緒である。自然と生活と文化に根ざしていることが、心に響く。

 予期せぬ、思いがけないときに出会う花に、感動を覚える。たとえば、雨に濡れた鎌倉の街並みを抜け、古い山寺に向かう途中で烈しく咲き乱れる紫陽花に出会ったときには、はっと息を飲む。電車の車窓を何気なく眺めていたときに、ふと、藤の花棚が視界を過ぎった瞬間、思わず身を乗り出してしまう。あるいは、峠道で車の運転をしているときに、カーブを曲がった先に、真っ赤なモミジが眼の前に飛び込んで来たときの感動などは、ずっと忘れられないものとなる。

 花のある都市が好きだ。都市は、もともと人工的なもの。そこには、赤や、青紫、黄色の小さな自然の花が映える。都市においてもたくさんの花を飾ることで、訪れる人に驚きと感動を与えることができる。

 東京は大都市のわりに、花や緑に満ちている。だから東京の街が好きである。徳川吉宗のおかげか、桜もたくさんある。コンクリートに囲まれた灰色だけの都市は、豊かな街ではない。高層ビルの屋上を緑化し、高速道路の壁に蔦を繁らせ、ビルの玄関に小さな花壇を作り、線路沿いの土手には雑草が風に揺れる。そんな都市が好きだ。

 人を呼び集めるために、花が主役になる観光地づくりよりも、生活者や訪れた旅人が、自然に花と出会い、花を愛でることができる。そんなまちづくりが理想なのだと思う。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○とりあえず☆のほほーん...(^。^) 「ニッポンの観光」2007/07/25
 記事をペラペラとめくっていくと…「---ツーリズム」なる言葉の洪水に
 遭遇しました。
 「グリーンツーリズム」「ブルーツーリズム」「ヘルスツーリズム」
 「フィルムツーリズム」「クルーズツーリズム」「エコツーリズム」
 「フラワーツーリズム」「風景街道ツーリズム」
http://blogs.yahoo.co.jp/professor_yamucha/50957817.html

 

 


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