Entry

メディアに軽視されたオーストラリアのケビン・ラッド新首相初訪日の深層

 6月8日から12日までオーストラリアのケビン・ラッド新首相(50)が日本を初めて公式訪問して1月以上経過した。一般の日本の市民でこのことを記憶している人はほぼ皆無ではなかろうか。理由は単純。新聞をはじめメディアがほとんど報道しなかったからである。

 ところが、日豪両国はともに前政権下の2007年3月に安全保障協力共同宣言に署名して、政治的、軍事的に豪州は今や日本にとって米国に次ぐ最も重要なパートナー(同盟国)となった。戦後日本が安全保障協力を明文化したのは日米安保条約(1951年)締結に次ぐもので、日豪安保協力は着々と深化している。現実政治とメディアとの温度差がここまで極端な2国間関係は稀有と言える。


▼日豪同盟化の背景

 もちろん、日豪両国の政治関係緊密化の背後には唯一の超大国・米国の意向がある。2001年9月の米同時多発テロ(9・11)を契機とする半永久的な「テロとの戦い」のアフガニスタンでの開始、泥沼化したイラク戦争を頂点とする膨大な戦費で米国の経常収支、財政は破綻の瀬戸際にあり、世界金融秩序の最大の不安定要因となってしまっている。このため、ブッシュ米政権は世界的な米軍再配置と並行して、同盟国に対して米国抜きの2国間、あるいは集団的な同盟関係を締結させる方針を打ち出した。

 それは1970年代から顕著になった米経済の脆弱化→米国債発行・ドルの垂れ流し→過剰流動したマネーの投機化進行→80年代末の日本でのバブルとその破綻、アジア通貨危機発生をはじめ、現在の米低所得者向け住宅融資破綻、原油・穀物価格の異常高騰に至るバブル経済の興隆と崩壊のリレー型連鎖━━。この悪循環の根源にあるのが際限なく増幅する米国の軍拡と軍事費である。西太平洋の南北端にそれぞれ位置し、膨張する中国に包囲の網をかぶせることのできる地域大国で、財政的に米国を補完できる日本と豪州にいの一番に白羽の矢が立ったのである。

▼米豪の対日戦略

 この日豪同盟は、盟主・米国と欧州諸国とで構成する北大西洋条約機構(NATO)との一体化を目指している。日豪が非NATO加盟国を束ねて、英、独、仏を主力とする欧州NATO加盟国と結束して地球規模で「テロとの戦い」を標榜し米国を支えれば、米国の財政負担は大きく軽減し、金融危機の緩和につながる。また、これと併行して米軍需企業は欧、日の軍需産業と資本、技術提携、共同生産の促進で絆を強めている。小泉、安倍政権時代に声高に謳われた「日米グローバルパートナーシップ」とは、このような時代状況の変化に着目して演出されたことを見逃してはならない。

 豪州では2007年末、10年余り続いた親米のハワード政権(保守連合)に代わって労働党のラッド新政権が発足した。ラッド新首相は外交官上がりで中国語が堪能、豪政界きっての中国通とされるだけに、米国は米日豪同盟による中国封じ込め戦略に重大な支障が生じるのではと憂慮した。現に労働党は選挙公約としてイラク派遣部隊の漸次撤退を公約してそれを既に一部実行している。

 しかし、米政権は労働党が公約したイラクからの豪戦闘軍撤収が選挙戦術としての色彩が濃く、これまでの対米最重視外交に何ら変更がないことを知っていた。3月末に初訪米したラッド首相に対し、ブッシュ大統領は「選挙公約をきちんと実行する首相を評価する」と発言する余裕すらみせた。それは豪新政権がイラク撤収を上回る対米貢献を事前に外交ルートを通じて誓約していたからである。

 豪州が米国に対して行った最大の誓約は「テロとの戦い」に日本をさらに深く関与させることにあった。米豪が対日戦略で合意しているのは、憲法上の制約で実戦参加できない自衛隊に対して豪軍がイラク南部サマーワで行った連携を継続し、自衛隊の活動を兵站補給など後方支援と平和維持活動に限定させて、自衛隊派遣部隊を豪戦闘部隊が警護するというサマーワ方式を維持、世界各地で発展させることだった。


▼豪首相訪日の意義

 6月11日に東京で行われた日豪首脳会談での最大の討議課題は「自衛隊と豪軍との連携深化の具体策」であった。両首脳は6月2日のシンガポールでの日豪国防相会談を受けて、「豪軍と自衛隊の連携による国際協力活動の具体化のための、後方支援に関する作業部会設置」に正式合意した。当面の焦点は、日本国内で大議論を巻き起こすこと必至の、自衛隊のアフガニスタン本土への派遣を豪側がどう支援するかにある。だが、会談後の公式発表では「安保協力の促進」という差し障りのない極々簡単な文言に変更されたことはいうまでもない。

 米政府の意向に従ったとはいえ、日豪安保協力の深化は戦後日本の軍事政策の大転換を促す重要事であり、その意味で6月11日の日豪首脳会談は決定的な重みを有していた。この重要性に少しでも触れた日本のメディアは新聞をはじめ管見する限り皆無である。そもそも一般紙は首脳会談を30行程度のベタ記事(一段見出しの記事)扱いする始末だった。

 一方、日本の政界は政権交代で豪州の対中姿勢が変化するか否かを最も注視していた。ラッド首相と20年来の親交を結んでいる自民党の中堅代議士は「彼は決して親中派ではなく、対中外交ではリアリスト」と断言している。また、豪首相は日本の要人らに「中国に対しては2つの戦略が必要。1つは中国に対する包括的な関与で、2つ目はハードラインの安保政策。中国に国際社会のスタンダードにできる限り適応するよう促しながらも、それが失敗した時に備えて米日豪で軍事プレゼンスを高めておく必要がある。2つ目のみでは中国の反発を招くだけ」との持論を披瀝したという。

 今回の訪日で西側首脳として初めて被爆地・広島を訪問したことを一部の新聞がかなりの紙面を割いて報じ、社説でも取り上げたほかは、豪新首相の初訪日は日本のメディアに徹底して軽視された感があった。しかし、日本の政界には、こと米日豪同盟の維持・発展、対中政策に関してはハワード前政権の政策とぶれはないとの明確なメッセージを伝えた。

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/760