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難関国家資格「通訳ガイド」の意外な低収入実態。就業者の6割強が年収100万円未満

 外国人が日本に初めて訪れて、地方のお祭りや、伝統芸能を見たとしよう。どのくらい理解できるだろうか。いわゆる“日本通”と呼ばれる、日本人よりも日本人らしい外国人はこの際、脇へ置いておこう。

 恥を忍んで言えば、私自身、初めて「能」なるものを見たとき、解説資料でストーリーを前もって読んでいたにも関わらず、あのお面を被った人が、一体何を表現しているのか、最初から最後までわからなかった。クライマックスがどの場面だったのかも、わからないまま終わってしまったのである。感覚としては、1時間に30センチ移動するカタツムリの所作を一部始終、じっと遠くから神経を集中させて観察していたような感じ……だった。おそらく音声ガイドを聞いていれば、「ああ、あの能面を被った人は今、娘を失った悲しさで、身が千切れるほどの無念で泣いているのだな」とか、「人生の無常を噛み締めているのだな」とか、わかったのかもしれない。初心者としては、非常に惜しいことをした。

 旅行も同じだ。寺社仏閣や、城址、大名屋敷、商人町を訪れても、ガイドブックに詳しく説明されていなければ、由来もなにもわからない。現地のガイドさんに細やかに説明されると、目の前の建築物やお祭りとストーリーが重なり、深い体験ができるというものである。ガイドブック以外のことも、思いついたまま質問できるところが、素晴らしい。日本人でもそんな具合であるのだから、言葉や、文化、土壌がまったく異なる外国人ならば言わずもがな……というところである。

 現在、日本には約1万2000人の通訳案内士(ガイド)が登録している。国家資格で、試験は非常に難しい。高いレベルの語学力(英語やフランス語、中国語、韓国語など10言語から1つ選択)に加え、日本の地理や歴史、産業、経済、政治、文化に関する深く、幅広い知識が要求される。本来ならば、司法試験や医師国家試験、建築士などと比肩するほどの報酬や尊敬を受けてしかるべき資格なのであるが、実態はそうではないのである。

 国土交通省はこのほど、通訳ガイドの就業実態調査の報告書をまとめた。それによると、登録している約1万2000人のうち、兼業も含め、通訳ガイドとして就業している人は26・4%に過ぎない。専業者に至っては約1割。つまり1200人程度か。また、専業者であっても年収100万円未満が、なんと約4割を占める実態が明らかになった。

 訪日外国人が急増し、2010年にも1000万人を突破する勢いだ。国は次の目標である2020年の訪日外客2000万人をも見据えて、「2011年までに通訳ガイドを1万5000人まで拡充」することを閣議決定している。しかし、単にガイドの人数を増やせばいいというほど、単純な問題ではないのである。国交省は8月21日に同実態調査の報告会を開いた。その場で、現場の通訳ガイドが涙ながらに、生活できない窮状を訴えていた。

 同調査によると、通訳案内就業者の54・5%が年間稼働日数30日以下。年収については、就業者全体の62・2%が100万円未満。

 専業者に限ってみても、年収400万円以上がわずかに全体の9・0%と1割にも満たない。その一方で、100万円未満が38・8%と約4割。100万円台が14・7%、200万円台が16・4%、300万円台が14・2%と、国家資格でありながら、現状では通訳案内士として生業が維持しづらい状況なのだ。

 登録言語別では、1)英語(69・7%) 2)中国語(10・6%) 3)スペイン語(4・3%) 4)フランス語(4・3%)の順で、顧客を地域別にみると、北米と欧州が圧倒的に多い。簡単にいえば、フランス語の通訳ガイドは高い報酬と安定的な仕事を得やすい一方、中国語や韓国語通訳ガイドについては、通訳ガイドを雇わず、一般の添乗員や学生などをバイトに起用するケースもあり、無資格ガイドが日本で氾濫する状況になっている。これは、中国や韓国からの訪日ツアーは価格競争が激化しており、格安ツアーでは正規の通訳ガイドを起用することは不可能という事情が大きく起因している。

 これでは正しい日本文化の理解の妨げになるばかりか、難関試験をくぐり抜けた優秀な通訳ガイドの仕事の場が奪われてしまう。現場レベルでは「無資格ガイドの取り締まりが手ぬるい」と、国への批判も強まっている。

 外国人観光客が少ない時代には、このような問題はクローズアップされることはあまりなかった。日本国内だけの問題ではなく、むしろ外国の複雑な市場原理がより多く絡み合った問題であるため、一朝一夕に解決できる問題ではない。事象には必ず光と影があるとすれば、“影”の部分の問題であり、一番やっかいな部分でもある。

 しかしながら、繊細であり、洗練された独特の文化を持つ日本だからこそ、長期的な視野で、通訳ガイドの育成に真っ向から取り組んでいかなければならない問題なのだ。

 

 


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