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アメリカで広がる夫婦別寝室 --ハードな時代の数少ない安息の場、家庭はどう変わるのか--  

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ 
  • 菊入 みゆき

 セントルイス在住のラナ・ペパーさんは、買ったばかりのコンドミニアムを改装して壁を作り、ベッドルームを2つに分けた。長年、夫のいびきによる睡眠不足に悩んだ結果だ。
「別寝室にしたメリット? 夫がまだ生きているってことよ。あのままだったら、私は彼を殺しかねなかったから」

 過激な発言が飛び出す。というのも、ラナさんはこれまで、夫のいびきに耐えるための様々な努力をしてきたからだ。いびきの音をかき消すホワイトノイズマシンを試したり、射撃練習場に出向いて、特大の耳栓を購入したり。しかし、どれも効果がなかったり、ラナさんに合わなかったりで、うまくいかなかった。忍耐と努力の末に至ったのが、別寝室という結論なのだ。

 ラナさん夫婦は特別な事例ではない。夫婦別寝室の傾向は、年々広がりつつある。アメリカ国立睡眠財団が、2001年に成人1004人に電話調査を実施した結果、既婚者の12%が一人で寝ると答えた。同様の2005年、1506人への調査では、この数字が23%にまで増加した。既婚者の4人に1人は1人で寝ているのだ。別寝室を決断した理由には、相手のいびき、ねぞうの悪さ、生活パターンの違いなどによる睡眠不足の問題が多くあげられる。

 睡眠のパターンの変化は、住宅業界にも影響を及ぼす。全米住宅産業協会(NAHB)によれば、「主寝室(夫婦のための寝室)が2つある家」という注文は、1990年以来増え続けており、2015年までには注文住宅の60%が、主寝室が2つある家になると予測する。シアトルの、あるコンドミニアムプロジェクトでは、270戸のうち、4分の1が2つの主寝室を持つ。セントルイスの住宅供給業者ヘイデンホームズでは、企画したコミュニティ内の戸建て30戸すべてに、2つの主寝室をつけた。

 しかし奇妙なのは、それほど傾向の強まりがありながら、訴える広告を見かけないことだ。住宅やコンドミニアムの宣伝に、「夫婦別寝室完備! 毎晩ぐっすり眠れます」などのキャッチコピーは、ついぞ見たことがない。なぜか。多くの建築家やデザイナーが口をそろえて言うには、夫婦が別室で寝るのは不名誉だという認識が、いまだにぬぐい難く残っている、ということだ。確かに、大きなベッドで夫婦がむつまじく眠るのは、平和で愛情あふれる家庭を象徴する風景だ。ある住宅デベロッパーは苦肉の策として、別寝室を「フレックス・スイート」と呼び、両親が来たときや大学に行っている子供が帰郷したときのための「予備の寝室」と銘打つ。

 専門家の中にも、別寝室への反対意見はある。ミネソタの臨床心理学者で結婚カウンセラーのウィリアム・F・ハーレーさんは、夫婦別寝室はトラブルの元だと警告する。ハーレーさんは、一人になりたがったり、自分だけの友だちをほしがったり、(伴侶と)一心同体だと思いたくないと言ったりするカップルに会うと、こう質問する。「いっしょにいることの何がそんなにいやなのですか?」 共に眠ることは、互いの結びつきには、非常に重要な役割を果たすと、ハーレーさんは感じている。

 実際に、妻の妊娠中、半年間ソファで寝るという体験をしたインディアナ州のジェイソンさんは、別寝室のデメリットを実感するという。別寝室期間中は妻との一体感を感じず、自分が隔離されたような感覚があった。

 しかし、現実に別寝室は増えている。この現象を、時代の自然な流れと見る意見もある。ミシガン大学の社会学者パメラ・J・スモックさんは言う。「別寝室へのニーズは、家族の生活がスピードアップしたことを表します。女性の役割は変化しました。夫婦の一方がいびきをかけば、もう一方の翌日の仕事の業績に差し支えるのです。この現象は、社会的な階級に関係なく起こり、また、必ずしも結婚生活の不和を表すものではありません」

 ペンシルバニアのフリーライター、アリサ・ボウマンさん(37歳)は、5年前の妊娠時から、週に2、3日は夫(42歳)と別に寝る。それは、2人の絆をより強いものにしたと、アリサさんは思っている。夫といっしょに寝ていた頃はよく眠れなかったが、今は、よく眠れて、自分がよい母、よい妻になっていると感じるのだ。「よく眠れば、互いにもっと感謝し合えるようになる」とアリサさんは言う。

 日本でも、夫婦別寝室という睡眠スタイルは一定の割合で見られる。東京ガス都市生活研究所の調査によると、夫婦の別寝室率は、年代が高くなるほど高くなり、20歳代で6.7%、30歳代で14%、40歳代では24.6%と約4分の1、50歳代32.3%及び60歳代35.9%と約3分の1、70歳以上では47.4%と半数が別寝室だ。ただし、日本はもともと、別々のふとんに寝る習慣がある。夫婦関係も、どちらかといえば家族という大きな単位の中に組み込まれ、欧米ほど独立して機能しない場合も多く、事情は違う。夫婦を生活や社交の基本単位とするアメリカで、夫婦別寝室というのは、かなりドラマティックな変化だろう。

 非営利組織の現代家族審議会で調査担当役員を務め、「結婚 ひとつの歴史」という著書のあるステファニー・クーンツさんは、夫婦がよい睡眠をとるために別のベッドで寝るのは、この30年で出現した、合理的で革新的なアイデアだと語る。

 この革新的な変化をどう受けとめるかについて、実は、夫婦間で温度差がある。先のミシガン大学のスモック博士によれば、夫は慣れ親しんだ生活パターンを変えることに乗り気でなく、妻たちのほうは自分の寝室を持つことにわくわくしているという。妻は、デートをしていたころの親密さに戻れるのでは、と、ロマンチックな思いを抱くが、夫はそうではない。これを聞くと、やはり、夫婦別寝室は夫婦関係にとってリスクファクターのような気がしてくる。

 経済環境のハードさが日ごとに深まり、市民の生活が脅かされる今日、「明日の仕事の業績」に差しさわりのないよう、別寝室でそれぞれの休息を取るのがいいのか。それとも、せめて夜は身を寄せ合って、肌のぬくもりを感じ、疲れを癒すほうがいいのか。家庭を安息の場所にするためには、個々人が自分に合った方法を探るしかなさそうだ。


<参考記事サイト>

CNN 2008/9/12  We're married, sleeping separately
http://www.cnn.com/2008/LIVING/personal/09/12/lw.sleep.alone.when.married/index.html

New York Times  2007/3/11  To Have, Hold and Cherish, Until Bedtime
http://www.nytimes.com/2007/03/11/us/11separate.html?_r=1&oref=slogin

東京ガス都市生活研究所の調査
http://www.toshiken.com/report/home/home35.html

 

 


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