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演劇年齢

  • 株式会社ジャパンライフデザインシステムズ 代表取締役社長 
  • 谷口 正和

■人はみな役者

 『人は見た目が9割』(竹内一郎、新潮社)という本が少し前にベストセラーになった。コミュニケーションの基本が「視覚」になったことをみんな気づき始めた結果だろう。どう見えるかはコミュニケーションの全てだと言ってよい。人は見た目が10割なのかもしれないのである。

 特に演劇化社会、劇場化社会などと言われるように、自己演出力を高めることは、今の情報の時代に生きる人々のごく普通の行為にまでなりつつある。だから、実年齢よりも「演劇年齢」のほうが重要なのだ。「演劇年齢」とは、人が“そう見せたい年齢”に自己を演劇的に演出することを言っている。

 「えー、あの女優さん、そんな年だったの?」「あのアイドル、まだ17歳なんだって!?」といったような会話は、ごく日常的に取り交わされているに違いない。

 劇場化社会の人々は、みな役者である。シェークスピアではないが、「人生は舞台、人はみな役者」なのだ。人は誰しも、人にこう見られたいという潜在願望によって演技しているのである。その演技力が高ければ高いほど、情報社会においては有能と判断されるのである。視覚ほど印象を決定付ける情報はないのだ。


■本物・偽者を超える判断
 
 かつての物の時代には、本物と偽物の境目がはっきりとあった。人でも物でも、「あの人は本物」「これは偽物」といった二者択一の価値判断が通用したのである。

 しかし情報の時代は、そのような境目によって、人や物を区別することができない。本物か偽物かよりも、好きか嫌いか、信じられるか信じられないかのほうがより上位の判断になってしまったのだ。実際年齢などはどうでもいい、「私が好きであることが一番大事」、あの人が言っていることは「信じられる」、あの企業が「信じられない」の価値判断なのである。


■自己のメディア化
 
 メディアとはご存じの通り「媒体」である。“そこを通過させるもの”であって、その“通過するもの”によって、自己の色彩とイメージを千変万化させていくものだ。

 今の顧客、特に若い世代は、この「自己のメディア化」を身につけてしまった世代だ。雑誌『Cawaii!』などを見ると、それがよく分かる。まさに“本体不詳”、“年齢不詳”“職業不詳”、自己の演劇化のオンパレードである。自分が何かを通過させていくことによって何かを表現しているメディアだということを熟知しているのである。そのメーキャップのすごさ、ファッションの前衛性、遊戯性は、フランスを中心とした海外のファッションデザイン界の注目の的だ。

 自己をメディア化し、情報受発信の主体者となった顧客は、場によって、時によって、状況によって自らを使い分け、演じ分けてみせる。渋谷や原宿竹下通りの彼女たちは、家に帰れば親も満足のイイコなのである。

 これをグレルとか裏切るといった、昔の価値観で見ると外れるだろう。また本物・偽者の論議に帰ってしまうからである。

 最近では、この「演劇年齢化」が中高年に広がってきていることがひとつのトレンドになっている。

 「アラフォー(40歳前後)」を主人公にしたドラマが続き、50代向けの雑誌も次々創刊されている。雑誌の中で女優の川島なお美さんは「女性の年齢は(ダイヤの)カラット数。」とコメントしている。年をとればとるほど、女性はゴージャスさを増すといったような意味だろうか。年齢にとらわれない、「年齢超え」の生きかたをする女性たちを特集している(アエラ 10/27号)。

 人は“見ため年齢”で判断されている。見ため印象はコントロールが可能と特集したのが雑誌『an・an 』(10/29号)だ。シチュエーション別に演出するなど望むビジュアル年齢を手に入れる方法を解説している。目指すのは、見ためが若く中身が重い、女の黄金バランスだそうだ。

 トップメイクアップアーティストの藤原美智子さんは「大人っぽさと少女っぽさ、強さと女らしさ、母性と無邪気な心…女性はもともと、そんな相反する魅力を一人の中に併せ持っている存在」と語る。今シーズンのメイクは目元に強さを出して大人っぽく演出。唇はフェミニンにして、ミックス。プラチナのようなラメをポイントに使い、品格を感じさせるのがポイントだ(VoCE 12月号)。

 実際にいくつかよりも、いくつに見えるかのほうがはるかに情報的なのだ。リアルよりバーチャル、さらにはそのバーチャルもリアルバーチャルへ。自己を役者として次々とリセットできる能力を持ち、またその「演劇年齢」能力を楽しんでいるのが、情報の時代の顧客たちである。お化粧もファッションも、相手にどのように見られたいかという「演劇年齢」認識で選ばれている。表情、表現、演技、虚実皮膜、どちらが本当かよりも、どちらが本当らしいか、どちらが魅力的アピール度をもっているかのほうが、より価値が高い時代になったと言えるだろう。

 

 


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