Entry

映画『シャイン・ア・ライト』の中で示唆されるローリング・ストーンズの二つの闘い

 マーティン・スコセッシ監督が撮ったローリング・ストーンズのライヴ映画『シャイン・ア・ライト』を11月5日の試写会で、やっと見てきた。ここのところツアーをやる度に豊富な映像素材を残してくれる彼らだけに、あのスコセッシが監督を務めたからといって新鮮な気持ちで見られるものに仕上がっているのかどうか、実は少々不安があったことは白状しておかなければならない。

 映画は前回の『ア・ビガー・バン』ツアー中の2006年10月29日と11月1日に、ニューヨークのビーコン・シアターという小さな会場(キャパ2000余)で撮影されている。コンサート自体は元米国大統領ビル・クリントン氏主宰のチャリティの一環として行なわれた公演だそうだ。



(c)2007 by PARAMOUNT CLASSICS, a Division of PARAMOUNT PICTURES,
SHINE A LIGHT, LLC and GRAND ENTERTAINMENT(ROW)LLC,
All rights reserved.
映画『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』
2008年12月5日(金)より全国ロードショー!
公式サイト=http://www.shinealight-movie.jp/

 ただ、その一つ前の10月22日、テキサス州オースティンでの公演の映像が、すでに昨年リリースの『ビッゲスト・バン』(ユニバーサルミュージック)というDVDセットに収録されていた。そちらは野外、それも4万人規模の会場でのコンサートだったから雰囲気が全然別のものになるのは予想できたが、それにしても2005から2007年と3年もかけて世界ツアーをやっているのに、わざわざ連続した公演地のものを映像作品にしてリリースしなくてもいいのに…、というような、まぁ贅沢な不満も持ってはいたのだ。

 ところが実際に見てきた『シャイン・ア・ライト』は単純なコンサート映画とは一味違うものだった。もちろんシンプルにコンサートを、非常にコンセプトのハッキリしたカメラ・ワーク(註1)で丁寧に追っていく。これが映画の軸であることは間違いないし、そこだけでも十分に楽しめるコンサート・ムーヴィには仕上がっていると思う。最初と最後をとびっきりのユーモアで締めくくる構成もなかなかだ。しかし、冒頭に配された映画撮影の舞台裏やコンサート直前の風景、そしてコンサート映像の合間に挟まれるストーンズのメンバーたちの過去のインタヴューなど細々と加えられたシーンが、この映画にさらなる深みを与えているのだ。

 過去のインタヴューで彼らに浴びせられる質問は、ドラッグに関するものであったり、「いつまで歌いつづけるのか?」みたいなものが多いが、それらにユーモアで切り返す姿が印象的だ。その中で異彩を放っているのが、1967年7月31日に英グラナダTVによって収録された、ミック・ジャガーと、英紙『ザ・タイムズ』の編集者ウィリアム・リーズ=モグ(後にBBC理事)や元内相のバロン・ストウ・ヒル卿といったお偉方との討論会(註2)の模様だ。ミックはこの年2月にキース・リチャードの家で週末の「パーティ」を開いていたところを危険薬物取締法に基づく令状を持った警官たちから踏み込まれており(ストーンズ史上最も有名なレッドランズでのドラッグ「手入れ」事件)、そのことに関する控訴審でこの日、条件付き釈放を言い渡されたばかりだった。

 ミックは退廷後、すぐにヘリコプターでロンドンから30マイル離れた収録現場までかけつけ、討論会に臨んだのだ。そして出席者の一人、ウィリアム・リーズ=モグは、当時、裁判を通して英国社会からスケープゴートにされつつあったミックらを擁護する「Who Breaks A Butterfly On A Wheel?」(註3)というタイトルの記事を『ザ・タイムズ』に書いた人物。こうした背景を押さえておくと、その短いシーンの重みは増すだろう。鬼っ子ストーンズと、その扱いに苦慮していた英国の「体制側」との貴重な対話の記録であり、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(註4)の学生だったことのあるミック・ジャガーのエリートらしい立ち居振る舞いを見ることもできる瞬間である。

 そうした独自のポジションからカウンター・カルチャーの担い手として、時に伝統や社会、体制と闘ってきた彼らの姿が、そうした過去のインタヴューを通してほのかに浮かび上がってくる。彼らは硬直した思想を振りかざしてきたわけではなく、“Well, what can a poor boy do, Except to sing for a rock n roll band”という有名な「ストリート・ファイティング・マン」('68年)の一節を引くまでもなく、基本的にはロックンロールを演奏しつづけることが、そのメッセージの核心だった。ただ、彼らがこだわりを見せたのは、そのロックンロールを演奏する場所と、その音楽のルーツへの敬意だった。

 先に触れたDVD『ビッゲスト・バン』では、'06年8月に行なわれた、彼ら初の中国公演と、そこで繰り広げられた現地のミュージシャンとの交流の模様が描かれていたが、'70年代からストーンズが中国やソ連など「壁」の向こう側でのコンサートを度々企画してきたこと(ことごとく実現せず)を、ニュースなどで読んだりしたことがある人は多いと思う。

 そして'89年のベルリンの壁崩壊以降は、チェコスロヴァキア('90年)、ハンガリー('95年)、ロシア('97年)、そして中国と、かつて「壁」の向こう側にあった国々を次々と「制覇」していく。そう言えば、この映画がプレミア公開されたのも、かつて「壁」があった都市、ベルリンでの国際映画祭だった。そうした中、実際に「壁」が存在していた時代に彼らが唯一実現させたのが、'67年のワルシャワ(ポーランド)でのコンサートだったのだ。当時のベーシスト、ビル・ワイマンによれば、これは英国のポップ・バンドとしては初めての快挙だったという。ミックはこの時のコンサートのことを、初来日時('90年)のインタヴューでこう回想していた。

 「六〇年代後半に一時期そういう状況(引用者註、当時の一時的な“雪解け”を指す)が生まれたわけだけど、今年はまたその動きが再び東の諸国に湧きおこるんじゃないのかな。(中略)会場の前の方の良い席は、共産党のお偉方でずらりと占められていて、本当の僕らのファンはずっとうしろのほうにいたんだ。(中略)銃を構えて立っている兵士たちも多かったから、その銃の銃口に花をさしてやったよ。今にして思えば、いかにも六〇年代風のアプローチだけど(笑)。(中略)そしてコンサートの終わったあと、若いコミュニストたちと会食をして、政治的な論議に花が咲いたんだ。(中略)そのとき同席したした中の何人かは、いま“連帯”の有力なメンバーらしいけど」(『ミュージック・マガジン』'90年4月号掲載の五木寛之氏によるインタヴューより)

 今回の映画の冒頭、コンサート会場にかけつけたゲストが次々と紹介される場面があるが、その中でビル・クリントンに紹介されて、ポーランドの元大統領という人物も登場する。そのシーンを見て、筆者はミックの上のコメントを思い出したのだった。この人物、アレクサンドル・クファシニエフスキについて調べてみると、“連帯”を率いたワレサ大統領に続き、民主化後のポーランド共和国大統領(1995年─2005年)を務めた人だという。'54年生まれで、'67年4月に行なわれたストーンズのワルシャワでのコンサートを見に行くには若すぎた世代だが、そのインパクトは何らかの形で受けたはずである。カメラは、ミックとこの人物が握手をするところまでしか映してくれないが、その後、どういう会話が交わされたのだろうか?

 西側世界で鬼っ子扱いされていた彼らが東側で抑圧されていた若者に「勇気」を届けた、というのは逆説めいた話ではあるが、だからといってストーンズが西側世界の矛盾に目をつぶっていたわけでは、もちろんない。その点での彼らの「闘い」は、自分たちが愛したブルースやR&Bといった、アフリカン・アメリカンたちによる音楽への敬意を示しつづけることにあった。

 マーティン・スコセッシが監修した一連の“ザ・ブルース”プロジェクトの中のうちの一本として作られた映画『レッド・ホワイト&ブルース』(03年、米国)の中で、フリートウッド・マックのドラマー、ミック・フリートウッドがこんなことを言っていた。

 「ストーンズが初めて渡米して、マディ(ウォーターズ)の偉大さを称えた時、米国人は彼を知らなかった」

 それを受けてブルースマンの代表、B・B・キングが語っていたことはこうだ。
 「もし英国人たちがいなければ、米国の黒人ミュージシャンたちは未だに地獄を見ていたと思う。感謝してるよ。君たちがドアを開けてなきゃ、私は死ぬまで暗闇にいた」

 『シャイン・ア・ライト』には、何人かゲスト・アーティストが登場してストーンズと共演するシーンがあるが、その中で最も光っていたのがブルース・ギタリストのバディ・ガイ。その存在感はストーンズの面々を圧倒してしまうほどだった。こうした共演を指す“ファーザーズ&サンズ”というフレーズがかつてあったが、今もその構図は全く同じ。「力」の差は埋まっていない。しかし、そうした構図をそのまま見せることが、彼ら流の敬意の示し方であり、そうした態度が、白人中心の西欧社会を少しずつ変えてきたとも言えるのだ。さらに、メンバー紹介のシーンでコーラス隊3人とベーシストという、ニューヨーク出身者二人を含む4人(残りの二人は、南アフリカとシカゴ出身)の黒人ミュージシャンを紹介するミックはどこか誇らしげだ。

 スコセッシは、こうしたストーンズ流のマイノリティへの視線を、ビル・クリントンと一緒に出席していたその妻ヒラリー(撮影時には、民主党の次期大統領候補の中の最有力の一人と目されていた)の存在を示唆しながら、アメリカ「再生」への希望に繋げて見せたかったのではないか? そんな気さえしたのだが、それは、同じ民主党のバラク・オバマの大統領選挙での勝利が確定、つまり米国初の黒人大統領誕生が決定した日に、たまたまこの映画の試写を見てしまった筆者の妄想だったのかもしれない。しかし、そんな妄想を抱かせるほど、こんな時代にしては爽快なまでに楽観主義的なムードを持った映画だったのだ。是非、劇場でご覧になることを強くお薦めしたい。

 

<註1>
この点に関しては、私見を映画のパンフレットに記させていただいたので、
ご興味ある方は是非お読みいただきたい。

<註2>
番組名は「World In Action」。記録によれば、実際に放映されたのは8月7日。
この番組の模様は'89年にリリースされたヴィデオ作品
『25×5 The Continuing Adventures Of The Rolling Stones』(現在廃版)
でも見ることができた。

<註3>
直訳すると「車輪で蝶を轢くのは誰か?」となるが、これは故事成語にある
「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」に当たる言い方で、取るに足らない小さな
ことを処理するのに、大がかりなことをすることはないという意味。この
7月1日付けの記事でモグは、裁判にかけられているミック・ジャガーや
キース・リチャードが、有名人だからといって必要以上に厳しい罪に問われるのは
公平でない、と主張した。

<註4>
The London School of Economics and Political Science、通称LSE。
ロンドン大学を構成するカレッジの一つで、英国で最も入学難易度が高い「大学」
とされる。16名ものノーベル賞受賞者を輩出するなど卒業生、留学生(中退者含む)
の中には錚々たる名前が並ぶ。新自由主義の精神的支柱となった経済学者
フリードリッヒ・ハイエクがここで教授を務めていたことがあったり、一方、
米国の金融バブル崩壊を予告した書『ソロスは警告する』(講談社)で再び脚光を
浴びているヘッジファンドのジョージ・ソロスが卒業生だったりと、最近何かと
話題に上る機会が多い。麻生太郎首相も留学していたことがあるのだそうだ。
ミック・ジャガーはバンド活動をつづけるために'63年に中退している。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○株式会社ミシマ社のblog 2008/11/09
 「ミック・ジャガーはなぜトップであり続けるのか?」
 ミックは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで、経済を勉強していた
 時期がある。そこで、「ビジネスマン」としての基礎力を培った。事実、後年、
 事務所の「帳簿を調べ、横領とおぼしきものを徹底的に洗い出した」。
 当時の音楽業界は、まさにウソと詐欺が吹き荒れる「汚れた悪の溜り場」。
 じっさい、多くのアーティストは、天から地獄へ落っこちていった。
http://blog.mishimasha.com/?eid=746516

○STUDIO VOICE ONLINE  2008/11/07
 「アナタはミック派? キース派? 映画公開を控え2冊のストーンズ本登場」
 『ミック・ジャガーの成功哲学』は、マリアンヌ・フェイスフルや
 ジェリー・ホールなどの絶世の美女たちとのロマンスから、ビジネスマン
 としての才能、ポップ・カルチャーに与えた影響まで、本人やメンバー、
 恋人、友人ほか数多くの証言を年代順に編纂し、「ナイトの称号」を得た
 史上最高のバンドのボス=ミック・ジャガーの本性に迫る一冊となっている。
http://www.studiovoice.jp/news/tmpl/details.php?id=1400

○Shine a Light (2008) - OFFICIAL TRAILER(YouTube 02:30)
http://jp.youtube.com/watch?v=yDHbnF0z4EE

○ミック・ジャガー公式サイト
http://www.mickjagger.com/

○転がり続ける世界最強のロック・ バンド、ザ・ローリング・ストーンズ特集 
http://www.ongen.net/international/artist/feature/rolling_stones060301/index.php

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/901