Entry

絵札、字札、語り札戦略

  • 株式会社ジャパンライフデザインシステムズ 代表取締役社長 
  • 谷口 正和

■コミュニケーションを成立させるもの
 
 コミュニケーションは社会と個人が必要とする絶対与件だろうが、ではコミュニケーションは何から成り立っているのだろうか。そこを考えて一つの結論に達したのが、絵札、字札、語り札という考え方である。

 日本文化の中で、優れたコミュニケーションとして成立していたものに「カルタ」がある。百人一首、犬棒カルタなどである。日本語を代表する言語芸術である和歌を、ひとつのゲームに見立てて、教養と速さを競い合ったのが百人一首だ。知らぬ間の日本文化の精髄に触れてしまうその仕組みは、大変優れた知恵と言えるだろう。

 犬棒カルタはその庶民版と言えるかもしれない。処世の知恵を言葉に変えて、自然に記憶させてしまう仕組みである。

 この二つのゲームに代表されるように、日本文化は本来的に絵札×字札×語り札的な構成によってできていたことが分かる。

 今日世界的なカルチャーとなったマンガも、そのルーツは絵巻物である。絵巻物はスクロールすることによって、物語と時間軸が同時進行する「物語絵画」である。そこには絵によって物語が描写され、字によって物語が解説されている。タブロー(一枚絵)などが日本に入ってきたのは近代以降の話であり、それ以前の日本の絵画は絵巻物、屏風絵、掛け軸であったという。絵画は常の物語とともにあったのだ。


■プレゼンテーション術
 
 この「絵札と字札」の構成基本を考えれば、それは最も優れたコミュニケーション術、すなわちプレゼンテーション術であることが分かるだろう。

 ビジュアル・コミュニケーションとしての「絵札」は、ひと目でステキにわかってもらうことが大事。文字コミュニケーションとしての「字札」は、着想、着眼をキーワードとして確認させること。共感・理解コミュニケーションとしての「語り札」は、魅力、納得をとうとうと語りかけること。この3枚の札がどう組み合わさるかによって「伝え方の革新」は生まれる。店頭にぽつんと置かれた一枚のポップにだって、この「絵札・字札・語り札」の妙によって「伝え方の革新」は起こるのである。コミュニケーションによって「価値移動」が起きたときに、初めて心理と感性の時代の消費が起こる時代なのだ。単なる低価格と割安表示では、心理と感性の時代の消費欲求は高まらない。


■現代に生かす知恵

 絵札×字札×語り札の表現と組み合わせの妙で、カンヌ国際広告祭でコンペ特別賞を受賞した2人組がいる。2008年のカンヌ国際広告祭で、アサツー・ディ・ケイの若手2名がヤングコンペ「メディア部門」の審査員特別賞を受賞した。そのアイデアは「飛行機のファーストクラスで提供されるコーヒー袋」を使った企画だ。

 子どもと武器がプリントされていて、袋を開ける作業により、2つが切り離される。つまり絵札である。袋の裏には「地上では子どもが戦争で死んでいる」事実をメッセージにしてある。これが字札だ。「皆さんがファーストクラスで快適に空の旅を楽しんでいる間にも、地上では子どもが殺されているのですよ」という平和へのメッセージである。最後の語り札は、審査員を乗客に見立て、客室乗務員の姿でプレゼンしたことである。まことにエスプリとアイデアが効いた絵札×字札×語り札戦略ではないだろうか(宣伝会議 1/1号)。

 絵札一発で一気に売り上げを伸ばした商品がある。パッケージに萌えイラストをあしらった「萌え米」「萌えイチゴ」に注文殺到である。秋田県羽後町のJAうごは『あきたこまち』に西又葵さんデザインの萌えキャラを採用した。これが見事に当たって、従来の2年分以上の売り上げを、わずかひと月で売り上げた。イチゴパッケージのいちごちゃん米も大人気で、予約完売だそうである(週刊アスキー 1/20号)。中身が同じなら絵札をいかに変えるかだ。

 高度情報化社会は、逆説的に人間の琴線に最も触れる長い伝統を持つ古典的戦略が力を発揮すると言えそうだ。

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/955