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「都市は誰のもの?」再開発に突き進む東京への危機感

久しぶりの東京は、またも大きく変貌していた。
赤坂、六本木、丸の内、大手町…都市再開発の波を受け、多くの街でそれまでにあった、馴染みのある建築物や街並が消え、巨大なビルやコンプレックスが出現。以前知っていた街というつもりで訪ねても、ほとんど見覚えのない、私がまったく知らない街にすっかり変わっていた。

なかでも、一番ギョッとさせられた風景には、東京駅丸の内南口から築地へ行くために乗った都営バスの中で遭遇した。かつてあった重厚な丸の内八重洲ビルは取り壊され、そこにはクラシックな洋館、そしてその後ろには、全く質感の異なる高層ビル群がそびえ立っている。後に、それが復元された三菱一号館と、その後ろに立つ34階建ての丸の内パークビルディングだと知ったのだが、あの異様な光景に、私は無意識に「狂気の沙汰」という言葉を心の中で思い浮かべていて、自分でも驚いた。

いつかSF映画の中で見たような風景、というか、巨大な合成写真を見せられているようで妙な気分になったのだ。後で少し調べてみたら、丸の内の再開発は「歴史」というキーワードをもとに行われたそうだ。オフィスビル一辺倒の街から、流行を追う買い物客が訪れるショッピングエリアとしての機能も持たせたい。しかしそれだけでは再開発が進んだ他のエリアとの競争に生き残れないので、今度は歴史に注目、ということらしい。

だが、この復元された三菱一号館と、その後ろの丸の内パークビルディングをはじめとしたビル群を同時に眺めて、「丸の内は歴史のあるいい街だ」と感じる人が、実際どれほどいるのだろうか? 異様な光景と受け取るのは、私ひとりだろうか。それに、やはり歴史を誇る丸の内八重洲ビルを取り壊してまで、ああいったエリアを出現させる意義が本当にあったのだろうか。

新しい交通網も発達し続けている。大江戸線、新副都心線…。そしてJRや地下鉄の駅も拡大して、改札までも、改札から出口までも遠い駅が増えた。行き先別に出口が細かく分かれていて、案内を頼りに、目的の建物に近い出口を目指して延々と地下道を歩いて行く。空気も決してよくないだろう。なかなか地上に出られないせいか、だんだん息苦しいような気持ちになってくる。そんなことなら、改札から一番近い出口を出て、地上を歩いて目的地に向かえばいいのかもしれないが、あれだけ高層ビルが立ち並ぶ風景では、目的の場所や建物を目で確認できる可能性は皆無に等しく、「あのビルの脇の道を行けば、あっち方面に行くはずだから…」と頭の中の仮想世界と現実を行ったり来たりすることになる。

地下道の中でも似たようなもので、ゲームの中の巨大迷路を、出口を求めてさまよい歩いているような気分。多くの人たちにとっては、雨が降っても傘要らずだし、目的地の出口が明確に示されているから便利なのだろうか。慣れてしまえば、私のように、息苦しく感じる人はいないのだろうか。それに、階段を上ったり降りたりもかなりある。私は今のところ元気に歩けるからいいけれど、お年寄りや、身体の不自由な方、車いすの方は、いったいどうしているんだろう(そういう人のためのエレベーターなどは、とても見つけにくかった)? ああいうエリアにオフィスビルがある人は、下手をすると、建物や駅の地下道から外に出ることなく、一日を、週五日を過ごすという人も多いのだろうか。

それにしても、今もってあれだけの高層ビルを東京に建て続けなければいけない理由はなんだろう? なぜ、相変わらず日本の会社の本社やオフィスは、土地代のものすごく高い東京になければならないのか。莫大な費用をかけて歴史ある建築物や街固有の文化を壊して、どの街も似たような高層オフィスビルや住居を建てなければいけないのはなぜなんだろう。それは、そこに暮らし、そこで働く人たちそして日本の人たちが、本当に望んでいる首都・東京の街の姿なのだろうか。

私が住むデンマークの首都、コペンハーゲンでも、金融危機前のバブルのような好景気にのって、主にウォーターフロントに新しい建築物が多く出現し、一部のエリアでは再開発も行われている。しかし、街の中心エリアでは19世紀に建てられた建築物が多く残され、古き良きコペンハーゲンのイメージを守り続けている。コペンハーゲンでは、法律で基本的に、街の中にある建物の「塔」が見えないような高さの建築物を作ってはいけないということになっているし(どこからでも、街のエリアの目印となる塔が見える、という雰囲気を守るため)、建築物の色も、周りの街並と調和することが条件となる。

古い建築物の中には、階段が傾いていたり、石段が摩耗してすり減っていたりということもままある。来月のCOP15の開催地ということもあり、グリーンな街を目指して、多くの建物の断熱材補充や補修工事も行われている。こうした古い建物の改築やリフォームはそう簡単ではなく、手間もかかるしコストもかかるが、日本のように建物全部を取り壊し、新しく建て直すことはまずない。できる限り、補修して、オリジナルの状態を保つよう努める。コペンハーゲンの都市開発課の人にその理由を聞くと、「市内にある建物は、ただの箱ではなく、街の歴史であると共に文化の一部でもあるのです。コペンハーゲンの人々は、こうした全体のバランスに愛着を感じているので、そう簡単に壊す訳にはいきませんし、住民も、そこで働く人々もそれを許しません」と答えてくれた。

確かに、日本でも盛んに行われているウォーターフロントの開発の話はコペンハーゲンでも多く話題になり、実際に開発も行われているが、そこで暮らし、仕事をする人々は、「どこか他の国の、他の街と似た風景」にコペンハーゲンが成り下がることを認めまいと、盛んに市民集会や反対活動を行っている。「自分たちの街の未来は自分たちで選び取る」ことが可能なのが、コペンハーゲンであり、デンマークなのだ。

コペンハーゲンを久しぶりに訪れる人にお会いすると、皆一様に「変わりませんねー」と言う。10年前はおろか、20年ぶりに訪れたという人も、そういう感想を持つようだ。そう考えると、東京が、いかに速いサイクルでスクラップ&ビルドされ、どんどん見知らぬ街に生まれ変わり続けているかを実感する。

東京は戦争で焼かれ、地震もある。コペンハーゲンにはそれがない。そういう大きな違いが両者にはある。それでも、日本を支えてきた歴史ある建物や一角、文化をそう簡単に壊し続けていいのか、そして、あまり秩序があるとは言えない超高層ビルの乱立を許し、そこに入ったテナントや企業が衰えれば、また箱を壊して一から建て直す、ということを繰り返していていいのだろうか。今、都市再開発が行われてできた、こんな街並が、私たちの子孫、そして未来の人たちに残したいものなのか。誰のための「東京」なのか。

今こそ、無関心をやめて、真剣に考える時だ。日本建築学会からは、2007年に「建築物の評価と保存活用ガイドライン」がまとめられている。歴史的価値、文化・芸術的価値、技術的価値、景観・環境的価値、社会的価値という5つを基本的価値として、建築物を評価するように促している。それぞれが、それぞれの立場で、こうしたことを理解していることが、未来の日本の街づくりには大切であろう。

先日の東京滞在では、世田谷線にも乗る機会があった。初めての体験だったが、あんな風景が今も東京の真ん中に残っていることに驚いたし、人々の顔や暮らしがよく見える感じがして、とても暖かい気持ちになった。世田谷線や荒川線、そしてその界隈も、まぎれもなく東京である。こんな懐かしい町をこの先も残していける懐の深さを、これからの東京にも持ち続けて欲しいと願うばかりだ。


【参考】
● 三菱一号館と丸の内パークビルディング
http://sankei.jp.msn.com/photos/economy/business/090427/biz0904271633011-p1.htm

● 日本建築学会
http://www.aij.or.jp/aijhomej.htm

● Copenhagen X
http://www.cphx.dk/index.php?language=uk#/29528/


【編集部ピックアップ関連情報】

○いつもココロに?マーク
 隈 研吾・清野 由美『新・都市論TOKYO』 2008/03/30
  現場を歩きながら、二人は、日本に「歴史軸を意識して都市を
 プランニングできる人材」の不在を嘆く。「日本の都市は
 金融テクノロジーのような抽象的な手法によって解かれる
 べきではなくて、その土地に根ざしたリアルで泥臭い手法で
 解かれるべきなんです」と隈。
http://sustena.exblog.jp/8551082/

○読書感想文  隈研吾、清野由美『新・都市論TOKYO』集英社新書  2008/01/22
 あと、面白かったのは「街並みに対する感受性は、
 教養の中でも一番上位にくるものです。」「東京を歩きまわると、
 日本人の教養の断絶をひしひしと感じます。」(p231)という
 部分です。「教養」に関することが議論されることって結構あるかと
 思うのですが、街を歩いていて教養の変遷を感じるというのは新鮮で
 面白かったです。
http://readreview.blog.ocn.ne.jp/book1/2008/01/tokyo_7222.html

 

 


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