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ビデオジャーナリストの未来─ブロードバンド時代に輝く存在たりえるか

紙媒体のジャーナリズムと異なり、ドキュメンタリーの制作には莫大な制作費と大勢のスタッフが必要とされる。ベータカムを使用した従来型の番組では、どんなに低予算でも数千万円の制作費は必要、というのが15年ほど前までの常識だった。

その後、デジタル技術の急速な普及により状況は一変した。放送用に近い高画質が数十万円のカメラで撮影でき、PCの進化により、レンタル料一時間数万円のプロ用編集室と同等の事が、デスクトップコンピュータで可能になった。

こうした流れは多くの映像作家に希望を抱かせた。コストや人的な問題に縛られず、自由度の高い製作が可能になる。まさに革命と言っていい出来事だった。ビデオジャーナリズムに対する期待が一気に高まり、東京メトロポリタンテレビジョン(MXTV)など、ビデオジャーナリストを主体とした制作体制を整えた局も登場した。

しかし実際のところ、その後の10年でビデオジャーナリズムが日本に根を張ったとは言いがたい。手軽なデジタル機材を利用して、従来通りの手法の番組を制作する例は山ほどあったが、ワンマンオペレーションの機動性をフルに活かした、作り手の視点が見て取れる作品の製作者は現在でも10人に満たない。技術革命は番組制作費の低予算化をもたらしただけで、ビデオジャーナリズムを大きく根付かせる事はなかった。

かたや米国では、ビデオジャーナリズムが社会に浸透し、個性的な作り手が多く現れている。この差は一体どこにあるのだろうか。端的に言えば放送業界の規模とシステム、そしてそれを取り巻く行政の問題である。

日本と米国のチャンネル数を比較するのは難しいが、日本の場合CS、地上波を合わせて200程度だろう。これに対し米国では、地域にもよるが衛星、ケーブルを含めると1000チャンネル以上の視聴が可能である。かなり大雑把だが、5倍以上の規模の開きがあると考えてよいだろう。

その中身も、日本の状況とはまったく異なっている。

ケーブル局の中にはドキュメンタリーを専門に放送するチャンネルが存在する。こうした局は、クォリティーが高いアマチュアの作品を放送する事も日常的に行っている。また、政府主導による公共放送「パブリック・ブロードキャスティング・テレビジョン(PBS)」も、アマチュア作品を積極的に買い上げている。買い取り金額は低予算のプロダクションであれば黒字が出せるほどのものだ。

行政によるバックアップも大きい。米国には「Cable Franchise Policy and Communications Act 」という法律があり、ケーブル会社は一定のチャンネルを公共の使用のために開放する事を義務づけられている。地域の学生が製作した映画やドキュメンタリー、バラエティー番組などを放送している。学園祭のノリに近いものまで放送される。

また、電波に関する考え方は日本と比較にならないほどフレキシブルだ。米国では、UHF波の枠を個人で買う事が可能となっている。しかもその価格は信じられないほど安い。ロサンゼルス郡全域をカバーするUHF波のプライムタイム30分間の価格は幾らだとお思いだろうか。

なんとたったの5千ドル(約60万円)程度。枠さえ空いていれば一度きりのスポット買いも可能だ。これだけ出せば、自ら制作したドキュメンタリー番組を地域の茶の間に向けて放送する事もできるのだ。公序良俗に反するものを締め出すために最低限の検閲はあるが、内容に関してもほぼノーチェック、スポンサーに気を使う日本からすれば信じられない話だ。

これに比べれば、日本のビデオジャーナリストが置かれた状況は極めて不利と言わざるを得ない。いくら良いものを作ったとしても発表の場を探すのが困難では、創作意欲も半減してしまう。映像によるジャーナリズムを追求しようと思う若者がいても、発表の場がなければ伸びようがないのだ。ちなみに、日本のビデオジャーナリズムの最先端を走る人々の活躍の場は、殆どがキー局の報道番組だ。  

どん詰まりの状況にあったビデオジャーナリズムに、ここに来て一条の光が差してきた。YouTubeをはじめとするインターネットの動画サイトである。YouTubeは「映像はテレビでみるもの」という固定観念を人々の頭から払拭しつつある。

統計によれば米国の都市部の10―20代の若者がインターネットを使用する時間は、テレビ視聴時間を追い抜いており、動画の視聴も飛躍的に増えている。大統領候補たちはこぞってプロモーションビデオをYouTubeにアップし、専用チャンネルを持つ候補まで出てきた。映像産業の主軸が、従来のテレビからインターネットにシフトしつつあるのは明らかだ。

こうした動きをいち早く察知したビデオジャーナリストたちは、続々と自分の作品をアップし始めている。環境問題、テロ、企業犯罪、あらゆるテーマ、あらゆるレベルの映像作品が、YouTubeにアップロードされている。そのレーティングシステムによって視聴者に内容を評価されれば、100万単位の視聴者を獲得する事も可能なのだ。

解決すべき問題も多い。基本的に無料のメディアであるインターネットで、番組制作者はどのような形で利益を上げていくのか。言語の問題をどう解決するのか。

しかし、未来のベクトルがインターネットにある事は間違いない。ビデオジャーナリズムにとってまさに夢の時代。インターネットによる市民メディアこそが、本当のビデオジャーナリズムを花開かせる土壌になるだろう。

 

■関連情報

●MediaSabor  2007/0702
 「動画共有サイトの充実化で苦境に立たされるビデオジャーナリスト」
http://mediasabor.jp/2007/07/post_146.html

●Webdog ジェット☆ダイスケ 2007/06/17
「Xacti(ザクティ)CA65は風切り音を大幅に軽減している」
http://webdog.be/archives/07617_143122.php

●Webdog ジェット☆ダイスケ 2007/06/03
「ジェットカットを用いた動画の編集方法が放送されました」
http://webdog.be/archives/07603_013747.php

●あみのタジーのポッドキャスト冒険ブログ Tajee's Podcast Adventure!
「感謝)『編集会議』に載りました!Got interviewed by magazine!」2007/06/01
http://amino-tajee.com/2007/06/got_interviewed_by_magazine.php

●あみのタジーのポッドキャスト冒険ブログ Tajee's Podcast Adventure!
「クール ビデオブロガー:ジェイ&ライアンのスタジオ訪問」 2007/03/26
http://amino-tajee.com/2007/03/tajee_visits_jay_and_ryanne_co.php

●Ad Innovator 「CBS、ビデオブログWallstripを買収」 2007/05/22
http://adinnovator.typepad.com/ad_innovator/2007/05/cbswallstrip.html

●ITmedia News  2007/04/11
 「「HDポッドキャスト」をWashington Postが配信――Apple TV向け」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0704/11/news021.html

●CNET 2007/03/22
 「ビデオブロガー、クリントン上院議員を中傷し会社を解雇される」
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20345616,00.htm

●徳力基彦 tokuriki.com  2007/03/16
「Xacti2.0プロジェクトは、日本のビデオブログブームのきっかけとなれるか」
http://blog.tokuriki.com/2007/03/xacti20.html

●ブログヘラルド 「2007年のビデオブログ年間予想」2007/01/10
http://jp.blogherald.com/2007/01/10/video-blogging-in-2007-the-year-ahead/

●SHINOblog
「Musicbox Video(by Sony BMG)をブログに貼る!」 2006/11/29
http://shinobu.cocolog-nifty.com/apty/2006/11/musicbox_video_b05e.html

●メディア・パブ 2006/11/08
「盛り上がってきたビデオブログ,Vloggies賞の秀逸Vlogを視聴してみては」
http://zen.seesaa.net/article/26891797.html

●長尾のブログ2.0  2006/06/21
 「ビデオブログの新しいサービスを始めました」
http://blog.nagao.nuie.nagoya-u.ac.jp/nagao/archives/2006/06/post_24.html

●CNET 「ビデオブログ「ブイログ」、目指すは映像の大衆化」 2006/06/20
http://japan.cnet.com/special/story/0,2000056049,20145527,00.htm

 

 


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