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株主を選びたいなら上場などやめてしまえ

最初の株式会社が17世紀のオランダ東インド会社だという話は有名だが、事業の持分を株式に分割して資金を調達する手法自体はもっと古く、少なくとも13世紀くらいまでは、さかのぼるらしい。

このような手法がとられるのはもちろん、多くの出資者が出資できるようにして多額の資金を容易に調達できるようにするためだが、それを実際に可能にしているのが証券市場の存在だ。有効に機能する市場があるからこそ、私たちは証券を自由に売買することができる。上場されている株式の市場価格は、証券市場で自由に売買されうるという流動性を前提として成立したものだ。

わざわざこんな大がかりな話を持ち出すまでもないのかもしれないが、大きな変化のときにこそ、基本を大切にすべきだ。ここらで一度、原点に立ち返ってみるべきではないかと思う。

最近はほとんど聞かなくなったが、昔の経営学の教科書にはたいてい、「経営者主権」(あるいは「経営者支配」)ということばの説明が載っていたのではないかと思う。証券が幅広く取引され、株主構成が細分化していくことにより、個々の株主の発言権が弱まり、専門的知識や内部情報を有する経営者が株主よりも強い立場となって、結果として株主でなく経営者が企業の「支配者」になる、というものだ。

コーポレート・ガバナンスの歴史を大局的にみれば、企業に関する株主と経営者のパワーバランスは大きなサイクルで変化してきている。

20世紀前半、資本市場の発展とともに株主の数が増え、個々の株主の持株比率が下がっていくにつれ、大口の出資者が企業に対して強い発言権をもっていた時代と比べて、経営者の力は相対的に増大していった。

これに対して20世紀後半、株主の側は個々に立ち向かうのではなく、まとまっていく方向に変化した。
金融機関や年金基金、あるいはその他のファンドといった機関投資家の登場だ。

やがて機関投資家は、企業に対してものをいうようになる。資金の出し手として発言権を再び増大させ、パワーバランスを回復させようとする動きだ。近代ポートフォリオ理論によって分散投資の有効性(つまり機関投資家の必要性ということでもある)が示され、コーポレート・ガバナンスが経営学上の重要なテーマとなったのもこのころだ。

ここで株式会社というものの基本的な性格を確認しておきたい。株式会社制度を支える根幹である株主の有限責任性というのは基本的に、出資の範囲を超えて株主が責任を問われることはないという法的な意味だが、その背景には、株主が会社経営に対してなんら責任を負わないという含みがある。

株主は会社を経営する能力も意思も求められない。だからこそ経営者に経営を委任するわけだ。目的も問われないから、利潤を求めて投資するのも結構。投資のタイムスパンも、もちろん自由で、短期で売り抜けてもなんら問題ない。こうした株主も含め、多様な株主がいるからこそ、株式はその価値を保つことができる。

特に証券取引所に株式を上場する企業は、この原則により忠実に従う必要がある。証券取引所は自由に証券の売買を行うための場であり、そのためのコストを最小限にすることが求められる。株主は、所有する上場株式を証券取引所において自由に売却することができる。上場企業は原則として、誰が株主になるかを選ばないからだ。

企業が上場すると株価が上場前より大きく上がることがしばしばあるが、その主要な要素の1つがこの流動性だ。企業は上場することにより、情報開示その他さまざまな責務を負い、そのためのコストを負担するわけだが、それもまた、上場を維持することによって受ける株価や流動性といったメリットのほうが株主にとっても、ひいては企業にとっても有益だと判断されるからだ。

もちろん、このような「原理主義」を、実際の局面でそのまますべて適用すべきと主張するつもりはない。実際の市場は基礎的な理論が想定するような理想的なものではなく、さまざまな摩擦や歪み、非効率性がある。

実際の法令や市場のルールにおいて、株式の自由な売買を制限するものが数多く定められているのもそのためだが、それでも、「原則」の重要性は変わらない。少なくとも上場企業は、上場によるメリットを享受するために、「株主を選ばない」「多様な株主を受け入れる」という基本的な立場を承諾したのだ。メリットだけ受けて、デメリットはいやだというのは身勝手にすぎる。株式の売買に関する制約は最小限にとどめるのがスジというものだ。

以上の立場から、例のブルドッグソースに関して最近出た東京高裁決定をみると、どうにも違和感が残る(決定の全文はこちら)。

特に気になるのが「濫用的買収者」という表現だ。まあいいたいことはわからないでもない。スティール・パートナーズがこれにあたるかどうかについては論じない。ただ、この「濫用的」という概念があまりに安易に使われている気がしてならない。

何が「濫用的」かという点に関しては、決定にこんなくだりがある。要点に下線を引いてみた。



真に会社経営に参加する意思がないにもかかわらず,専ら当該会社の株価を上昇させて当該株式を高値で会社関係者等に引き取らせる目的で買収を行うなどのいわゆる濫用的買収者が,株式を買い占め,多数派株主として自己の利益のみを目的として濫用的な会社運営を行うないし支配することは,会社の健全な運営などという観点を欠くのであるから,結局はその株式会社の企業価値を損ない,ひいては株主共同の利益を害することにつながるものであり,このような濫用的買収者は株主として,差別的な取扱いを受けることがあったとしてもやむを得ないものである。


はっきりいっておきたいが、株主に「真に会社経営に参加する意思」など求めるべきではない。他の株主に同様の意思があるかどうか聞いてみるとよい。株主が皆「真に会社経営に参加する意思」を持っていたりなどしたら、むしろ経営者としてはやりにくくてしかたなかろう。

それから、この定義だと、ファンドがMBO(マネジメント・バイアウトManagement Buyout、会社の経営陣が株主より自社の株式を譲り受けたり、あるいは会社の事業部門のトップが当該事業部門の営業譲渡を受けたりすることで、オーナー経営者として独立する行為のこと)をもちかけるような行為は株主としてあるまじきということになるが、そんなことを裁判官が判断していいのか。

それから、スティール・パートナーズ社が濫用的買収者であるかどうかについては、こんなくだりがある。

抗告人関係者は,投資ファンドという組織の性格上,当然に顧客利益優先の受託責任を負い,成功報酬の動機付けに支えられ,それを最優先にして行動する法人であり,買収対象企業についても,対象企業の経営には特に関心を示したり,関与したりすることもなく,当該会社の株式を取得後,経営陣による買収を求める一方で突然株式の公開買付けの手続に出るなど,様々な策を弄して,専ら短中期的に対象会社の株式を対象会社自身や第三者に転売することで売却益を獲得しようとし,最終的には対象会社の資産処分まで視野に入れてひたすら自らの利益を追求しようとする存在といわざるを得ない。そして,抗告人関係者は,相手方の全株式を取得するといいつつ本来協働し合うべき企業の経営面を顧慮せず,いたずらに相手方に不安を与えている。すると,このような抗告人関係者がした前記の経緯,態様による本件公開買付け等は,前記の企業価値ひいては株主共同の利益を毀損するものとして信義誠実の原則に抵触する不当なものであり,これを行う抗告人関係者は本件については濫用的買収者であると認めるのが相当というべきである。


ファンド業界の皆さん、これには絶大なる怒りの声を上げるべきだ。この決定は、「投資ファンド」なるものがその「性格上」、「様々な策を弄して」、「ひたすら自らの利益を追求しようという存在」であり、したがって「企業価値ひいては株主共同の利益を毀損するものとして信義誠実の原則に抵触する不当な」行為を行う「濫用的買収者」であるといっているに等しいのだ。

特段の限定もなく、「顧客利益優先の受託責任を負い,成功報酬の動機付けに支えられ,それを最優先にして行動する」こと、投資「対象企業の経営に」「関心を示したり,関与したり」しないこと、「自らの利益を追求」することを「不当」な行為と断じているが、これについては私としても大いなる疑問を呈したい。

これらは、ルールに基づいている限り、企業経営者なら誰でもとるべき行動であり、むしろ法が容認、あるいは要求する行動ではないか。スティール・パートナーズ社の具体的な行動はともかくとして、この決定のような広範かつあいまいな定義で「濫用的買収者」との認定を「濫用」されたのではかなわない。現代の資本主義社会におけるファンドの役割をあまりに過小ないしネガティブに評価している。

繰り返すが、現行の法やルールが、上場企業の場合でも株主の行動に一定の枠をはめているのは、実際の証券市場には理想とは異なる要素があるからだ。しかしここでもう1つ、重要な要素を挙げておきたい。

現在のような証券取引所への上場を維持することに必然性を認めるのは、他に選択肢がないからでもある。上場していることによって株主はいつでも株式を売却でき、高い流動性に裏打ちされた株価が実現する。企業はこうすることによって、必要な際の資金調達が行える状況を保つわけだ。

しかし今や、上場だけが資金調達環境を維持ないし改善させる方策ではない。かなりの規模の企業でも買収できる規模の機関投資家は数多く存在する。情報ネットワークの発達により、証券取引所による情報の集約機能も、もはやかつてのような重要性をもっているとはいいがたい。上場は「必要条件」ではなくなったのだ。

非上場会社となれば、見知らぬファンドに突然買収される「不安」は大幅に減少する。買収されるにしても、話し合いの上で納得ずくで行うことができるだろう。経営陣が味方のファンドをつけてMBO(マネジメント・バイアウトManagement Buyout)を行う例はすでに数多くある。株主を選びたければ、上場などやめてしまえばいいのだ。

もちろんすべての企業が一度にそうできるほどの「深さ」は現在の市場にはない。しかし重要なのは、代替となる選択肢が存在するということだ。現在「やむを得ず」容認されている、本来の市場のあり方とは異なるルールは、その必要性を低下させつつある。認めるべき範囲も、より限定的に考えるべきではないか。

最近日本では、手っ取り早い買収対抗策として、株式持ち合いが復活しているらしい。(参考)。

かつてのような金融機関を中心としたものではなく、同業同士の提携のようなものが目立つとのことで、以前とは状況が必ずしも同じではない。

しかし、それでもやはり、以前と同じような批判を投げかける余地はある。株式持ち合いは、もの言わぬ株主を増やすことが目的であるが、それはそのまま会社経営に対する株主の監視機能を低下させることの裏返しであり、その他の株主の権利を損なうおそれがある。

さらに、会社財産を低効率な投資に張り付け、株主の資産価値を毀損するものである場合も少なくなく、互いに資本を注入しあうことから、資本充実の原則の観点からも重大な疑義がある。

このような、安定株主を確保するために、複数の企業が互いに、経営者の意に反する議決権行使を控える趣旨の明示ないし暗黙の合意をもって株式の相互保有を行う行為は、ファンドが行う(と裁判所が主張する)濫用的買収と少なくとも同程度に、いやむしろその規模を考えれば、はるかに悪質であり、そのダメージも大きいといわざるを得ない。

■関連情報

○MediaSabor 2007/03/22
「TOBで日本企業を襲撃する謎のスティール・パートナーズ」
http://mediasabor.jp/2007/03/tob_1.html

○nikkei BPnet (安田 育生=ピナクル会長&CEO) 2007/08/02
M&Aの事例から学ぶ現代投資ファンド用語(3)
ファンドVS会社。勝敗の成否を分けたのは何だったのか?
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/cover/takeover_term/070802_3rd/index.html

○コラム:Biz-Plus久保利英明弁護士  2007/07/26
「ブルドック完勝」のウソ 本当の勝者はスティール、そしてグリーンメーラーが押し寄せる」
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/nbonline.cfm?i=2007072600023cs

○フジサンケイ ビジネスアイ 2007/07/05
「ブルドック、多額の代償重い責任 スティール、23億円回収し撤退か」
http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200707050012a.nwc

○フジサンケイ ビジネスアイ 2007/06/14
「顔の見えない投資家」ベール脱ぐ ウォレン・リヒテンシュタイン氏
http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200706140036a.nwc

○livedoorニュース 2007/06/19  
スティール代表来日の背景 「グリーンメーラー」払拭できるか
http://news.livedoor.com/article/detail/3203813/

○Business Media 誠  保田隆明の時事日想 2007/06/14  
「グリーンメーラーの汚名返上か? スティール・パートナーズ」
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0706/14/news006.html

○IR-Srtategy Blog 酒井雷太・M&A戦略と海外企業にみるIR事情 
「酒井雷太のコーポレート・ガバナンスを巡る千夜一夜物語 03」 2007/07/10
http://www.ir-strategy.jp/column2/2007/07/_03_1.html

○JAPAN LAW EXPRESS 2007/08/02  
「スティール・パートナーズ対ブルドック事件抗告審とユノカル判決」
http://japanlaw.blog.ocn.ne.jp/japan_law_express/2007/08/post_795b.html

○nikkei BP on Yahoo! ニュース 2007/05/09  
「三角合併解禁─世界標準レベルの防御策は必須となる」
安田育生=ピナクル会長&CEO、九州大 学客員教授
http://event.media.yahoo.co.jp/nikkeibp/20070509-00000000-nkbp-bus_all.html?p=1

○MediaSabor 2007/05/27
「三角合併解禁 M&A買収防衛策の基本」
http://mediasabor.jp/2007/05/ma.html

○ITコーディネータの語る『IT経営実現への架け橋』 2007/07/21  
「スティールパートナーズ等のヘッジファンドからの企業防衛策」
http://blogabechan.blog75.fc2.com/blog-entry-246.html

○BBIQモーニングビジネススクール 
「外資による企業買収(財務/村藤)」2007/06/08
http://bbiq-mbs.jp/blog/murafuji/post_161.php

○Garbagenews 2007/03/25  
謎の投資ファンド「スティール・パートナーズ」とはその2+三角合併について
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2007/03/2_36.html

○個人投資家のための相場復習ノート  2007/07
 「ブルドックソース、日本初の防衛策発動。その評価は?」
http://money.mag2.com/invest/soubanote/2007/07/post_52.html

○Economics, Technology & Media 「スティール・パートナーズ」2007/07/10
http://www.plateaus.com/econ/blog/archives/282

○TOKYO HUNGRY GO AROUND 「スティール・パートナーズ」2007/07/10
http://taishibrian.blog9.fc2.com/blog-entry-541.html

○天国と地獄 見切り千両 利食い千人力  「スティール・パートナーズ」2007/07/10
http://soubasi.exblog.jp/5852014

○毎日がルンルン 「スティール・パートナーズ」 2007/02/18
http://runrunm.exblog.jp/6497121/


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