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日本料理コンペティション─ 日本版M.O.Fへの第一歩 

何を持って日本料理とするのか、誰が決めるのか――。日本料理の定義、懐石料理の定義は難しい。当の料理人でも明確な説明に苦慮してしまう。

このところ、日本食をめぐる議論が過熱気味だ。海外には日本食レストランが2万―2万5000店あるといわれ、将来的にも急増が見込まれる。しかし、現状では「これが日本食?」と驚くようなものが出されていたりもする。

魚介類の生食の技術や知識不足によって事故が発生すれば、日本食全体のイメージや、「ヘルシー」「美しい」「安心・安全」として高い評価を得ている「日本食ブランド」が損なわれる――。

農林水産省は、国内では飽和状態にある日本食や日本食材の海外市場への進出を進める一環として、今年7月には、NPO法人「日本食レストラン普及推進機構」(JRO、茂木友三郎理事長)を設立。海外における「日本食レストランの推奨」などの取り組みがスタートした。

「寿司もジャカルタではスパイシーツナロール、チリではクリスピーサーモンロールなど世界中で姿を変えて流行っている。食べてみると、意外に美味しかったりもする。日本に最初にパンが入って来たときに、『これは饅頭(まんじゅう)の皮に似ている』からと、中に餡子(あんこ)を入れてアンパンを作ったのを、欧米人がこれは『パンではない』と否定されたなら、日本はいまだにパン食文化に慣れ親しんでいなかったかもしれない。

大木になるためには、不要に思える枝や葉も出てくるが、剪定(せんてい)は幹が太ってから入るほうがいい。しかし、大木になってしまえば、自然の理で自ずとそれなりの格好になってくる」と、JROの副理事長も務める京都の老舗料亭「菊乃井」店主の村田吉弘氏は、あまり窮屈な考えにとらわれない方がいいと考える。

日本料理の正統な発展と、世界的な普及活動を目指す日本料理の料理人たちが中心となって「日本料理アカデミー」を設立したのは2004年のこと。理事長を務める村田氏は、ニューヨークで行ったプレスランチで、現地記者に「アミューズで焼き鳥を出して、前菜に刺身の盛り合わせ、ポアソン(魚料理)で銀鱈(ぎんだら)の味噌漬け、メインでビーフの照り焼きを出して、寿司の盛り合わせを出せば、KAISEKIになるのか?」と聞かれた。村田氏は「ならない」と答えたが、何故ならないのかということを外国人に対して明確に説明することの難しさを感じる。
 
「『懐石』はフランス語、英語の辞書にも載っている。ニューヨーク、パリ、ロンドンでも空前の和食ブームにある。現在の世界的な食の志向は『ノンクリーム、ノンバター、ノンモアオイル、モアヘルシー』へと向っている。文化的レベルが一定水準を超えた人たちやお金持ちは「少量多品目で、健康に留意する」食生活を志向し、ゆえに懐石への関心は非常に高い」と話す。

その一方で、「これだけ日本料理が世界中で注目を集めている反面、国内を見渡すと日本料理の志願者が少なく、料理学校の生徒も減っている。日本料理が疲弊している原因の大きな要因の一つに、『師匠が言うことは絶対』という古い体質にある」と村田氏は、国内で若手の日本料理の料理人が上手く育つシステムがないことに危機感を募らせている。

……先輩に連れられ白衣のままパチンコに行ったり、休憩時間にマージャンをしたり、いまだにそのような厨房もある。若手が休憩時間に料理の本を読んで勉強していたら、「勉強するくらいやったら料理人なんかになるな」と言われたり……。また、フランスの三ッ星レストランのシェフの名前を3人も挙げられない。

「そのような世界に浸っていては、時代の流れを読み、ニーズを先取りする料理は創れない。時代は常に前に進んでいる。世界中の料理人はもっと新しい進歩的な考え方を持って、色々な技術の議論を行っている」と進取の気性に富む海外の料理人との落差を感じている。
 
「海外でシェフなどと話すなかで、『語学が堪能で、パソコンで報告書が作成できる和食の料理人』を求められる。『そんなことができる人材は少ない』と言ってもなかなか信じてもらえない。『タイムスケジュールをどうやって作っているのか?』と聞かれ、『手書き』と答えると目を丸くされる。厨房から業者に直接電話で発注していることも『前時代的』と驚かれる」という。

例えばホテルのシェフならば、自分のパソコンから仕入部にメールで発注書を出さない限り、翌日に食材は納入されない。ミーティングはフランス人であろうと、インド人であろうと英語で行われるが、それにもついていけない。海外では、「シェフはそのくらいのことはやって当たり前」というのが共通認識。日本では「オーナーシェフ」レベルでないとなかなか難しいのだと言う。

世界的に和食ブームでありながら、世界に出て行ける料理人が少ない。また、和食の料理人が世界に出て行けるような教育が行われていないし、できないのが日本料理の厨房における現実でもある。

20―30年後には「菊乃井」や「瓢亭(ひょうてい)」のような老舗料亭が出す日本料理は「トラディショナル・ジャパニーズ・キュイジーヌ」と呼ばれ、「ジャパニーズ・キュイジーヌ」といえば、海外の日本料理レストランなどで見られる大皿に盛られ、サラダか刺身か分からないようなものが出てくるかもしれない。ダシは、鰹(かつお)や昆布ではなく、チキンでもいいという時代になるかもしれない。

村田氏らは「この状態をどうにかしなければならない」と、日本料理に関わる料理人らが中心となって「日本料理アカデミー」(http://culinary-academy.jp/jpn/index.html)を設立した。そこで、事業の柱として今年4月から全国レベルでの日本料理コンペティションを実施している。

第1回の日本料理コンペティションには若手を中心に約160人が参加した。個人経営のシェフらの参加も多く見られるのが特徴だ。8、9月に全国6つのブロックごとに地区予選を実施しており、来年2月8日に京都で決勝大会を行う。

日本料理コンペティションの参加資格は、調理師免許取得者で、調理経験年数5年以上の料理人・料理研究家。第1回の出展献立のテーマは「祭り」。

テーマにふさわしい3品(汁物、焼物、煮物)の献立を考案し、3品1人当たりの販売価格は5千円以下を想定。書類審査で当選すれば、地区予選で献立を再現する。調理時間は3時間で、地産地消で自分の表現ができているか。味、構成力、独創性、盛り付けのバランス、社会のニーズに合っているかなど50項目にも及ぶ審査基準を設けている。

公正を期すために、審査は完全にブラインドで行う。決勝大会では食材も当日まで伏せられている。当日提示される食材を活用して、縁高弁当に7種以上の品数を考案する。品数に飯、香の物、天盛りは除外される。決勝大会の優勝者には賞金100万円、2位は30万円、3位10万円が贈られる。

「例えばフランスでは、史上最年少でM.O.F(フランス国家最優秀料理人賞)を授かったジャック・デコレは大きな敬意を受け、社会的にも大変な話題となった。M.O.Fを取った証として、シェフコートの襟の部分がトリコロールカラーになる。日本でもそのような構造を、たとえ100年かかっても構築していかなくてはならない。コンペティションを何年か継続していくと、日本料理を本格的に勉強していこうという若手や世の中に出て行きたいと意欲のある人も出てくるだろう。その段階で、第2ステップとして等級を授ける日本版M.O.Fのような『検定制度』を実施していきたい。『マイスター』などの称号を与えられた料理人は、社会的な地位と給与でも保証される制度でなければ意味がないと思っている。各省庁やメディアの協力も不可欠」と語る。

地産地消に取り組み、地元の農家や漁師のところに行って直接仕入れの交渉をしている若い料理人もたくさんいるが、彼らに光が当たる機会はあまりに少ない。将来有望な才能のある若い料理人にスポットを当てていかなければ、日本料理は今後も決して良くならない。彼らの高いモチベーションが伝染していくような良い流れをつくるべき。本物のフランス料理を食べるために、わざわざフランスの三ツ星レストランに行くように、本物の日本料理を食べに世界中から日本に来ることが理想――と語る。

 

【関連情報】

○MediaSabor  2007/03/05
 「日本政府のスシポリス計画と海外のなんちゃって日本食」
http://mediasabor.jp/2007/03/post_29.html


○日本文化いろは事典/懐石
http://iroha-japan.net/iroha/B02_food/24_kaiseki.html


○カトラー:katolerのマーケティング言論
 「美しい国の国際標準:日本料理って何?」 2007/02/04
http://katoler.cocolog-nifty.com/marketing/2007/02/post_49ee.html


○Business Media 誠 「“女体盛り”も登場――最新米国寿司事情」2007/06/15
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0706/15/news064.html


○薬と縁を切る健康法! 「アメリカで空前の和食ブーム?」 2006/02/22
http://blog.livedoor.jp/suzukistyle/archives/50446690.html


○村尾隆介 RYUmurao.com
 「スシポリスと日本の国家ブランド(前編)」2007/05/20
http://blog.ryumurao.shop-pro.jp/?eid=19483


○村尾隆介 RYUmurao.com
 「スシポリスと日本の国家ブランド(後編)」2007/05/20
http://blog.ryumurao.shop-pro.jp/?eid=19484


○ITmedia News  2007/05/14
 「スシポリス」? 日本食の浸透、腰据えた土壌作りを
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0705/14/news058.html


○イザ! 2007/05/13
 【知はうごく】官民挙げて和食売り込み 日本ブランド(5)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/other/51633/


○livedoorニュース 2007/03/19 
 「正しい日本食」認証より民間の推奨制度に
http://news.livedoor.com/article/detail/3082180/


○きじるしを不思議 2007/03/15
 「他国を知る為に他国語を知るというのはたぶんどんな分野でも基本」
http://d.hatena.ne.jp/marusato9365/20070315/1173894101


○フランス・海外赴任 - パリ滞在記
 「フランスでの日本食レストラン推奨制度」 2007/01/29
http://massa33.blog50.fc2.com/blog-entry-183.html


○SUPER BLOG.JP 「スシポリス」 2006/12/17
http://www.superblog.jp/mt/2006/12/17-184632.php


○いろは 「日本食レストラン認証制度」 2006/12/14
http://belage.seesaa.net/article/29545102.html


○e-food 「海外の日本食レストランに認定制度」 2006/11/06
http://e-food.jp/blog/archives/2006/11/japanese_restau.html


○ドイツ発 あたし的ブログ 「ベジタリアンに和食は最適よ♪」 2006/11/04
 (ベジタリアンのために作った和食メニューが掲載されています)
http://yogacat.seesaa.net/article/26770304.html

 

 


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