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アート(芸術)に触発されるファッションデザイナーの深層心理

2008年春夏ファッションは鮮やかな色や柄同士の掛け合わせが台頭する。4大コレクションのランウェイには、まるで洋服がそのままキャンバスになったかのような作品が多くのビッグメゾンから登場した。

アクション・ペインティングやポップアート、抽象画など、アメリカのモダンアートから触発された作品が躍る。その影響もあって、このところファッション誌でもアートに関する特集が相次いで掲載されている。

もちろん、過去にもアートをファッションに取り入れてきたデザイナーは多くいた。ただ、今シーズンほど多くのデザイナーがアート寄りの作品を発表はしていなかっただろう。多くのファッションデザイナーたちが、アートに憧れやリスペクトを示している。なぜ、彼らはそこまでアートに引き寄せられているのだろうか。

そもそもマスへのセールスを意識せず、売ることを第一の目的として作るべきでもないのがアート(芸術)だ。アーティストは自分の表現を突き詰め、才能を存分に生かして作品を生み出す。すべての作品が1点物だ。画商や買い手を全く意識しないわけではないが、消費者にこびるわけでもない。世界共通の新トレンドもなければ、流行色もない。

ファッションは消耗品で、消費者のために作られる。1点物のオートクチュールでさえもその人のために作られる。デザイナーは自分の表現だけでなく、その人のスタイルや時代性など様々な要素を取り入れて、売れるように、気に入ってもらえるように洋服を仕立てなくてはならない。

そうした事情から、アートに比べると、尖った表現がしにくいのが実情だ。売れないと仕事にならないのがファッション。そして、感性をありのままに表現できるアートは、ファッションに携わる者からすれば、憧れの対象となりうる。最近のファッションのアート化傾向は、ファッションデザイナーから向けられた美術アーティストへの羨望のまなざしとも見えなくはない。

例を挙げると、「ルイ ヴィトン」のクリエイティブ・ディレクターのマーク・ジェイコブス氏だ。もともとアートに関して、ものすごく詳しく勉強しているジェイコブス氏。2003年に発表された村上隆氏とのコラボレーションをはじめ、様々な現代アーティストとのコラボレーションを発表し、老舗ブランドに新風を吹き込んでいる。

日本でラグジュアリーブランドとして最も商業的に成功していて、日本人女性の3人に1人が持っているとさえ言われる「ルイ ヴィトン」のバッグ。そのデザインにアートを取り入れ、村上氏の名前を世界的に有名にしたのは記憶に新しい。

森美術館も運営する森ビルは昨年12月に、東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、上海の5都市にてアートに関する意識を探るインターネット調査を実施した。その結果によると、美術館やギャラリーへの来館頻度について東京は年に1.9回と、最低だった。

さらに、美術館に求めるものについて尋ねたところ、パリは「教養」、ニューヨークやロンドンは「非日常的な刺激」、上海は「ビジネスにおけるヒント」など、それぞれに異なる目的意識を示したのに対し、東京は「気分転換」。何とも気の抜けた答だった。

この結果に関しては、正直なところ、驚きを感じなかった。こうした違いが出た理由の最も大きい要因は、日本では子供の頃からアートに触れる機会が少ない ということではないだろうか。アートとの距離感の違いが、意識の違いとなって表れる決定的な理由のような気がする。ヨーロッパのようにアートが教養の一部であると、子供の頃から教えられ、家族でアートに触れ、学ぶ機会が日本ではまれだからだ。

もちろん、東京では美術館のロケーションと開館時間の問題もあって、ただでさえ忙しい中、相当の興味がわかない限り、行く機会を作らない人が多いようだ。さらに、子供の頃から自然にアートとふれあう機会が多いヨーロッパに比べ、日本では、アートに関してはある程度大人になって教養や知識の高い層、もしくは富裕層が好むものというイメージが付いていることも影響している。

一方、ファッションに関しては、日本は欧米をもはるかにしのぐ消費大国だ。アパート暮らしの定職を持たない若者が高級ブランドに身を固める国など、世界のどこにもないだろう。欧米では分不相応な高級品を持つのは身の程知らずの恥ずかしい行為だという認識がある。しかも、自分のスタイルがそれぞれにあり、物を大事にするので、シーズンごとに新作を買い込むような消費は、自分というものがない、ばかげた行動と映るようだ。

アートに関しては意識が低いのに、ファッションにはものすごく執着しているところが日本人特有の心性として興味深い。欧州では収入や地位がある大人が上質なファッションを消費するのとは正反対に、日本では懐の寂しいはずの20代がファッション消費の主役となっているのだ。

しかし、面白いことに、そうした土壌もあって、日本では独特のファッションがたくさん生まれている。子供の頃から美術や芸術を勉強し、美的センスを身につけた人が多い国では、何がキレイであるかという基礎がわかった上でのファッション感覚が共有されている。そうした教養、感性は美術鑑賞の知識ベースとなる半面、突拍子もない「美」の創造を阻む邪魔物ともなりうる。

アートに関して深い知識を備えている日本人は少ないが、逆に常識破りの美しさやファッションが生まれたりする。日本という極東の島国で育まれた、欧米では見たこともないような独特のファッションカルチャーは、「美」の学問的基礎がないからこそ生まれてくるものだったりする。

東京で花開いた、「非常識系」とでも呼びたくなるようなスタイルは枚挙にいとまがない。例えば、ガングロ、コギャル、ヤマンバのほか、ギャル系、ゴスロリ系、アキバ系、お兄系など、どれも東京オンリーワンのファッションだ。今やこうした東京発の異色モードは、海外の一流ファッションデザイナーたちのインスピレーションの源になったりもする。このようなファッションは世界中どこを探しても見られないジャパンオリジナルと言える。

アートにふれあう機会が少なかった代わりに、ファッション消費に関しては世界一の日本人。宗教は持たないが、世界のどの国民よりも漫画を読むという点でも奇異にすら映る独特の傾向を持つ。そのいびつな文化消費のかたちが、新しいファッションやカルチャーを生む苗床として機能しているのかもしれない。

そんな独自の感性が村上隆に代表されるような形でアートの世界にも作用しつつある。先日、村上が率いる集団「カイカイキキ」の作品展を見たが、村上のフォロワーは確実に一つの流れを成しつつある。

「最も東京的」という評価が外国人ファッションバイヤーの間で高い「メルシーボークー、」や、パリコレで活躍している「アンダーカバー」にも、これまでの日本ファッションにはないおかしみや遊びが感じられる。

彼らは既成のアート作品をモチーフとして借り受けるという欧米のデザイナーとは異なるアプローチで、ファッションとアートの融合を果たしてもいるように見える。アートを借用するのではなく、自らアートの表現領域に踏み込もうとするかのような彼らのアプローチは、むしろ欧米ブランドよりも先を見ているようにすら映り、頼もしくもある。

 

【関連情報】

○MediaSabor 「感性経済」が市場を動かす 2008/01/21
http://mediasabor.jp/2008/01/post_306.html


○六本木経済新聞 2007/12/25
 「美術館への来館頻度が最も少ないのは東京─森ビルが意識調査」
http://roppongi.keizai.biz/headline/1284/


○life of okance  2007/05/11
 「UNIQLO PAPER N 2 勝手に気になった内容(3)CECILIA DEEN」
 ヴィジョネアーは、 ファッション、アート、写真が一体になった新しい形の
 アート雑誌です。 毎号どのようなスタイルの装丁で発行されるのか想像も
 できない、まるでびっくり箱みたいな本です。もはやヴィジュアル・アートの
 オブジェと言った方が正しいかもしれません。 ヴィジョネアーの登場でアート本
 出版の枠が大きく広がりました。
http://gold.ap.teacup.com/okance/935.html


○212.com  2007/01/10
 「ニューヨークでアート三昧(その3):VISIONAIRE GALLERY」
http://fumiko212.exblog.jp/6315501/


○NIKKEI NET 日経WagaMaga  2007/10/12
「今が買い時、東京コレクション沸騰」
http://waga.nikkei.co.jp/comfort/fashion.aspx?i=20071009g6001g6

 

○長澤均 評論 2002 
 「忘れられたデザイナーたち─ファッションアウトサイダー」
 シャネルと同時代に活躍し、やはり女性モードの変革に大きな力を発揮した
 エルザ・スキャパレリは30年代に成功を遂げたが、第二次世界大戦後、
 十年あまりで引退してしまう。1927年、スポーツ・ファッション(女性の
 スポーツ・ファッションなど確立していない時代に!)をテーマにデビュー
 してから、さまざまなアートと共振してゆくそのモードは、「モード界の
 シュルレアリスト」といわれるほど斬新なものだった。
http://www.linkclub.or.jp/~pckg21c/land/outsider.html


○YoichiTakagi iBlogs トム・フォードの広告写真集【TOM FORD】!
http://homepage.mac.com/yoichirot/iblog/C1919358136/E1264505502/index.html


○トーキョー・カタルシス  2007/10/16
 「トム・フォード」チルドレンの軌跡
 モードの歴史を変えるような偉業といえば、20世紀においては
 ジョルジオ・アルマーニくらいなものだろうか。付け加えると、偉業とは
 形容できないものの、メンズにおいてはエディ・スリマンの
 ディオール・オムの登場も衝撃的だったように思える。いずれにしろ、
 モードの世界において(現役のデザイナーのなかで)、帝王がアルマーニで、
 女帝はミウッチャ・プラダで誰も異論はないだろう。
http://mixthevibe.exblog.jp/6314045/


○K STYLE WEBSITE::BLOG 2007/06/12
 「トム・フォード(TOM FORD)、世界的な事業計画を発表」
http://kstyle.s57.xrea.com/2007/06/tom_ford.php


○東京発ディレクターのブログ ver.2.5
 「再燃!ファッションビジネス…」 2007/04/26
 いまやファッションの歴史を変え、歴史に残る偉業を成し遂げたトム・フォード
 ですら、若いころは、同期のマーク・ジェイコブスがルイ・ヴィトンでブレイク
 したりするのを見て焦ったそう。もともと建築を専攻していたトムが、
 ファッションの世界へ足を踏み入れたのは26歳。そしてグッチの
 クリエイティブディレクターに就任し、世界を変えたのが35歳。
http://moopys.seesaa.net/article/40114947.html


○WOWOW ONLINE 
「マーク・ジェイコブス&ルイ・ヴィトン モード界の革命児」
http://www.wowow.co.jp/documentary/mode/


○世界のファッションデザイナー 「VIKTOR & ROLF(ヴィクター& ロルフ)」 
http://fashiondesigner.blog74.fc2.com/blog-entry-30.html


○Elastic「アンダーカバーが伊勢丹に出店」2007/01/01
 今のアンダーカバーの支持者はストリート系ではないんじゃないかな。
 今はどちらかといえばモード系やメンズノンノを愛読しているような層では。
 ナンバーナイン、Nハリウッド、ファクトタム、RICO、GDCとかそのあたりが
 好きな人達。
http://taf5686.269g.net/article/3500077.html


○映画青年の手帖 2008/01/23
 「ポロック 2人だけのアトリエ」でエド・ハリスを知る。
http://eigaseinen.blog98.fc2.com/blog-entry-13.html


○カイカイキキ (村上隆 主宰)
http://www.kaikaikiki.co.jp/

 

▼映像

○Mercibeaucoup(メルシーボークー、) 2008SS-01(YouTube映像 03:38)
http://jp.youtube.com/watch?v=smGsPqi6zHU


○A sexual Tom Ford(YouTube映像 02:00)
http://jp.youtube.com/watch?v=VrWD4uCTVEs


○Marc Atlan Art Direction & Design (YouTube映像 05:09)
http://jp.youtube.com/watch?v=YEyr4FFRfmE


○Louis Vuitton: Spring 2008(YouTube映像 02:45)
http://jp.youtube.com/watch?v=VdUAD3j50hc&feature=user


○Marc Jacobs: Spring 2008(YouTube映像 03:14)
http://jp.youtube.com/watch?v=mLpsp2ntgmA


○Marni: Spring 2008(YouTube映像 03:04)
http://jp.youtube.com/watch?v=9gXmmlL1A9k


○ELLE at LANVIN 2008 Spring/Summer(YouTube映像 02:00)
http://jp.youtube.com/watch?v=8a0tcieHWdM

 

 


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