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チベット騒乱であぶり出された米独連携の対中戦略、ドイツの台頭に留意を

 中国の経済的成功を世界にアピールする絶好の機会となるはずだった8月の北京オリンピック開催が3月半ばに発生したチベット騒乱で大揺れだ。「チベットでの人権抑圧」に対する対中非難が米欧を中心に轟々と沸き起こり、今や北京五輪は旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻に抗議して西側諸国の大半が参加ボイコットした1980年モスクワ五輪の二の舞になるとの懸念まで出ている。こんな中であぶり出されたのが米国の強力な右腕としてのドイツの台頭である。機に乗じた米独は連携して危機に瀕する世界の金融秩序の安定化で中国から全面協力を取り付けた。


▼米財務長官訪中の成果

 3月31日にギリシャ・アテネで点火された聖火はいったん北京に空輸。すぐに欧州へと戻されて4月上旬には中国非難で沸き返るロンドン、パリを経てサンフランシスコへと向かった。未曾有の聖火リレーボイコット騒動の只中にポールソン米国務長官は4月1日、米中戦略経済対話準備協議への出席を大義名分に北京入りした。

 香港紙の報道によると、4月3日に温家宝首相と会談した同長官はすこぶる上機嫌だった。外貨準備として1兆5000億ドルを超える米ドルを貯め込んだ中国が米国債(TB)を引き続き大量購入して米財政の安定化に寄与することを明言したためだ。低所得者向け融資=サブプライムローンの焦げ付きに端を発する米国発の金融危機が世界に波及するのを尻目に、中国政府はシンガポールをモデルに国営金融公社を設立して蓄えた米ドルを欧州系証券やユーロ購入など分散投資へと動き、米政府を苛立たせてきた経緯がある。

 さらに、中国政府はブッシュ米政権が貿易赤字削減のため一貫して要求してきた人民元切り上げにも協力的となった。この数ヶ月、人民元は急速に切り上がった。昨年7%弱上昇し、今年第1・四半期には4%上昇してついに1ドル=6元台に突入した。元・米ドルのレート調整は鈍化するとの予想もあり、中国政府は為替政策の大幅変更の公表を避けたままだが、米長官は温首相に「中国の米国債や証券投資に感謝したい。人民元の対ドルレート急上昇は中国にとって極めて賢明な選択だ」と最大級の賛辞を送った。


▼チベット、ウイグル問題で独「暗躍」

 中国のかつてない対米譲歩を陰で支えたのがメルケル独政権である。在京外交筋は、「胡錦濤政権はドイツの動き次第では北京五輪開催のみならず、チベット、新疆ウイグル(しんきょうウイグル)の両自治区を核に進める『西部大開発』に大きな打撃をもたらすのを恐れて大幅譲歩したはず」との見方を示した。

 オーストリア人登山家ハインリッヒ・ハーラーと少年期のダライラマ14世との交際は多くの文献が伝え、映画化された。だが、チベットとドイツとの関係を追究してきた独記者コリン・ゴルドナーは3月末、独日刊紙に寄稿して「ハーラーがナチス親衛隊(SS)幹部として14世と交流した事実は一度も指摘されていない。彼は古代アーリア人の起源がチベットにあると妄信したSS長官ハインリッヒ・ヒムラー(Heinrich Luitpold Himmler)の命令でSS現地調査団に参加した」と明かした。

 また、メルケル現政権とダライラマ14世との関係に言及、「近年頻繁に訪独する14世の布教活動でドイツ語圏だけでチベット仏教信者は100万人に達しており、首相は昨年10月の訪中、訪日に先立ち14世と会談した」と伝えた。北インドのチベット亡命政府取り扱いが訪中の隠された課題だったことを示唆した。

 一方、アルカイダと結び中国からの分離・独立を求める新疆ウイグル(東トルキスタン)のイスラム教徒武装組織が米、独の諜報機関や軍特殊部隊とつながり、中国政府を脅かしてきたとの指摘がある。チベット、ウイグルともに各国の亡命者組織の上部団体や主要支援団体が独、米両国に集中していることはその傍証である。


▼「ブッシュ開会式出席」の背景

 開会式不参加を初めて言明したのは独首相で、欧州の4カ国首脳がこれに続き、五輪自体のボイコットの声も上がった。だが、ブッシュ米大統領は「開会式に出席する」との発言を続けた。西側の盟主である米国首脳のソフトな対応は、対中強硬姿勢を示している欧州諸国と、裏側では一体の関係にあった。

 ドイツ現政権は日本と同様、専守防衛を誓っていたドイツ連邦軍を今や中国・ウイグルと国境を接し、原理主義組織タリバンが復活したアフガン南部にまで派遣、国内で大論議を呼んだ。中国最西端から北京に揺さぶりをかける独軍の存在は、昨年3月に安保協力宣言した日本と豪州と共に米国が展開する西太平洋、南シナ海、インド洋にわたる中国封じ込め戦略とも一体である。

 開会式不参加表明の火蓋を切ったメルケル首相は米財務長官訪中の成果を見届けた後、「五輪自体はボイコットしない」と柔軟発言。また、ダライラマと4月19日に再会すると発表したが、中国から前回のような強い反発は出ていない。五輪を「人質」とした中国からの大幅譲歩引き出しは、米独の巧妙な連携プレーの結果と言えそうだ。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2008/04/01
 かの国では「ダライ・ラマ14世」は、ネット接続遮断対象の禁止ワード
http://mediasabor.jp/2008/04/post_352.html


○GIGAZINE  2008/04/24
 「中国人女性らがCNNに13億ドルの慰謝料を求めて提訴」
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080424_china_cnn/


○CNET  クロサカタツヤの情報通信インサイト
 「チベットの雨傘」  2008/04/20
 チベット問題については私も気になっているのだが、日本の報道を見ると、
 どうも「チベットは非暴力でがんばっている人たち」という認識が形成
 されがちだと思う。しかし今回の「蜂起」では、引き金をどちらが最初に
 引いたかはさておき、間違いなくチベット民衆側も積極的に暴力に訴え
 出ているし、それを亡命政府の中の人も間接的に黙認・支援しているはずだ。
http://japan.cnet.com/blog/kurosaka/2008/04/20/entry_27000700/


○田中 宇 「北京五輪チベット騒動の深層」 2008/04/17
 チベット騒乱は、欧米の扇動によって起こっている可能性が高い。
 ダライラマは、むしろ止めに回っている。それなのに中国政府は
 「騒乱はダライラマ一派が画策した」と、ダライラマばかりを非難し
 続けている。中国政府が、こんな頓珍漢を言い続ける裏には、
 おそらく「中国の国民に反欧米の感情を抱かせたくない」という
 思惑がある。
http://tanakanews.com/080417tibet.htm


○タケルンバ卿日記 「中国で何かが起きている」 2008/04/24
 先ほどの地図をよく見てもらえばわかるけど、北には四川省の成都や重慶。
 その西にはチベットのラサ。ラサからはじまった抵抗運動が、東の成都や
 重慶に広がり、さらに南の雲南に陸続きに伝播した。こういう疑問は当然
 出てくるし、時系列で考えても、それぞれの位置関係を考えても腑に
 落ちるストーリーでは。だとしたら、相当中国は揺れている。中国全土の
 少数民族が呼応するかのように動いている。そして、それを想像以上に
 抑えきれていない。チベットやウイグル同様、この衝突の実態はもっと
 深刻なはず。
http://d.hatena.ne.jp/takerunba/20080424/p2


○イザ! 2008/04/25
 「時系列:チベットとその周辺で今まで何がおこったか。3月31日から4月8日」
 オーセルさんのブログで逐次アップされている「大事記」の翻訳です。
 今回の事件を時系列に追うシリーズ。チベット族の立場から、情報を
 集めています。ダライ・ラマ14世が、チベット同胞に抗議活動を
 やめるように呼びかける手紙(4月6日)も含まれています。
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/554668/


○ぺきん日記  中国/北京より 2008/04/19
 「欧米批判の先頭に立っているのは、海外帰国組や
  ネット起業家や国際派インテリ....。」
 大部分の日本のメディアや人々は、こうしたナショナリズムの高揚が、
 中国の報道統制にあると考えるのでは無いでしょうか。中国国内の
 メディアは国家の統制下にあるため、中国当局に不利な報道はしない。
 だから、中国国内外で発生している真実を知らないし、中国国外の
 メディアや人々がどのように受け止めているか知らない。現政権に
 有利な大本営発表でしか情報を得られないのだから、そうした
 ナショナリズムが巻き起こる....。でも、こう考えるのは正しく
 ないと思います。
http://beijing.exblog.jp/8430156/

○sjs7のブログ 2008/04/26
 自分の感覚としては、「棲み分け」は(すべきではなかったけど)やむなしだった
 最初早朝の長野駅前に居た人間としては、「あれぐらいしないと
 また揉め事が起きるだろーなー」という感じで、そりゃあすべきでは
 ないんだけど、でもしないと確実に怪我人が出ることが予想されました。
http://d.hatena.ne.jp/sjs7/20080426/1209218287


 

 


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