Entry

ネット販売が書き換えた、ブランドと客の「間柄」

 ラグジュアリーブランドのバッグや服は、正規ショッップでショップスタッフから手渡されて買うもの---。そんな「常識」が崩れ始めた。名の通ったブランド品ばかりを扱うディスカウント販売サイトの日本版が相次いで誕生し、取扱量を伸ばしている。有力ブランドがアウトレットでの売れ残り品処分、ネットでの値引き販売と立て続けにした結果、ブランドと消費者の関係は「物」だけを絆とする、文字通り、即物的なつながりへと変わりつつあるようだ。

 エントランスに近付くと、黒スーツ姿のドアマンが静かに扉を開いて、迎え入れてくれる。商品を見たいと言えば、白手袋を着けたショップスタッフが丁寧にケースから商品を取り出す---。ラグジュアリーブランドのショップでは、こうしたもてなしの儀式が顧客の満足感を支えてきた。

 素材と製造工程だけでは説明の付きそうにないプライスに、一等地の場所代と、もてなしの儀式料が含まれている。その事を、顧客はブランド顧客になれることの見返りとして、暗黙に受け入れてきた。しかし、突然襲いかかった未曾有の不景気は、この約束事さえも変えつつある。

 相次いで日本上陸を果たした、「ブランド品のディスカウント販売」を売り物とするネットショップは日本でも急速にユーザーを増やし始めた。ディスカウント販売の開始日に、パソコンの前に張り付いて待つという購買習慣すら生まれた今、優雅だったブランドショッピングは、実利重視の「戦闘態勢」へと変貌し始めた感すらある。

 米国での成功を足がかりに、日本進出を果たしたのが、米国のインターネット会員制サイト「Gilt」(ギルト)。運営するギルト・グループは2009年3月、日本語サイトで日本人向けの販売サービスを始めた。

 高級ブランド品を直接買い付けて、本来のプライスの最大70%引きで販売している。これまでもブランド品のネット販売サイトは存在したが、ディスカウントを売り物にした点でギルトは違いが際立つ。不景気の大嵐は、ギルトにとっては貿易風となった。

 米国では会員数が100万人を突破した。米国での創業は2007年11月で、日本では2009年3月に事業をスタート。既に12万人以上の会員を集めたという。サイトへの登録料はかからない。

 36時間で終了という時間制限の演出が、「買いそびれたら、二度と手に入らない」という焦りを呼んで、注文を誘う。もっとも、こういったカウトダウンの仕掛けはテレビでの通信販売でもおなじみで、特に新しいというわけではない。ただ、ギルトの場合、モタモタしていたら本当に売り切れてしまうので、買う気がある人にとっては、スタート時刻に急いでログインしないと買い逃してしまいかねない。

 「招待制のファミリーセール」とうたっている通り、高級ブランドが以前から顧客向けに案内するファミリーセールをウェブ化した仕組みと言える。各ブランドは過剰在庫をこういったファミリーセールやアウトレット店でさばいてきたが、ギルトの出現のおかげで、自前で売り切る手間とコストを省けるようになった。

 ブランド企業から直接仕入れた商品を取り扱う。アウトレットとは違い、難あり品や前シーズン物ではない。原則として返品された商品ではなく、多く生産しすぎた未販売の新品だ。本来は正価で売られるべき商品だが、ギルトは大量一括仕入れで割安価格を引き出し、最大7割オフを実現している。

 最近の例で言えば、「アニヤ・ハインドマーチ」「レベッカ・テイラー」「ヘルムート・ラング」「ダンヒル」などのブランドがセールに登場した。ファッションだけではなく、アクセサリーの「ジョージ・ジェンセン」「ヴァンドーム青山」も名を連ねている。

 ただ、「シャネル」「エルメス」のような本物の最高級ブランドにはさすがにお目にかかれない。過剰在庫を公に認めるわけだから、ブランドイメージにかかわると考えるのは仕方のないところだろう。それでも、これだけのブランドから調達を実現できているだけでも、大した実績と言える。

 「叩き売り」や「処分販売」といった、ブランドイメージを傷つける見え方にならないよう、ギルト側の配慮は細かいところにまで行き届いている。自社のスタジオで、専門の写真家が、見栄えのする商品写真を撮っているのもその1つ。イメージ動画やブランド解説文なども添えて、ブランドイメージを高く保つことに心を砕いている。正規ブランドから販売許可を得ていることの証明マークを添えて、正規流通であることをアピールしているのは、ギルト自身のブランド戦略でもあるだろう。

 もっとも、こうした販売手法がブランド企業にとって長期的に見てプラスかどうかは疑問が残る。商品を手に入れたプロセスは、その商品を見るたびに思い出すものだ。パソコンのディスプレー越しに入手した服やアクセサリーは純粋に「物(ブツ)」「消費財」として購入された格好で、ショップでの出会いや、店員とのやりとり、紙袋を提げて帰る高揚感などは記憶に残らない。そういった入手経験がブランドや商品への愛着を、リアルショップ以上に育むとは考えにくい。限られた顧客だけに招待状が届くファミリーセールは、顧客であるプライドをくすぐる効果がまだあったが、誰でも5分で登録できる形では特別扱いの優越感も感じにくい。

 だが、プライス志向が強くなった今の消費者は、個別ブランドの引力から逃れて、「高級ブランド」というゆるやかなゾーンに居場所を見出しているようにも見える。「それなりに名の通ったブランドであれば、後は値段とデザインのバランス次第」という選択が現実的な判断として受け入れられ始めている。そんな移り気な消費者にとって、毎週のように参加ブランドが入れ替わるギルトはかえって目先が変わっていいのかも知れない。

 そこまで計算されているとしたら、それはそれですごいビジネスモデルだ。ブランドのファンではなく、「ギルトのファン」が育つわけだから、参加ブランドが入れ替わっても、「ギルト」は成長し続けることになる。

 半面、ブランドは売上に反比例する形で、ブランド価値がすり減っていくリスクと向き合う羽目になる。プロパー(正価)では買わず、「ギルト待ち」する消費者が現れるのは、そう遠い日の事ではあるまい。バーゲンセールの前倒しが百貨店でのプロパー販売を「下見の場」に変えてしまったのと同じ現象が起きるわけだ。

 一方、外国発のファッション通販サイトとして、「ギルト」出現以前からファッション好きに支持されてきたのが、イタリア発の「YOOX.com」(ユークス・ドットコム)だ。2008年にはメンズ専門の新サイト「thecorner.com」(ザ・コーナー・ドットコム)もオープンした。

 「ユークス」はウェブ上のセレクトショップというポジションだ。「ギルト」のように割引価格を前面に押し出したスタイルではない。イタリアで2000年にスタートし、日本語版は2004年に立ち上がった。

 セレクトショップ的とあって、ブランドのラインアップは幅広い。Aからアルファベット順にブランドリストを追っていくと、何分もかかってしまうほどだ。好きなデザイナー、ブランドが決まっているのであれば、「ユークス」は頼りになるだろう。

 「ザ・コーナー」はさらにブランドを絞り込んで、エッジィなラインアップを打ち出している。前衛的な作風で名高い「メゾン・マルタン・マルジェラ」が参加していることでもその傾向が分かる。「ラフ・シモンズ」「ヴィクター&ロルフ」「クリス・ヴァン・アッシュ」「ベルンハルト・ウィルヘルム」といった通好みのブランドが揃う。

 「ユークス」と同じ2000年に英国でスタートした「NET-A-PORTER.COM」(ネッタポルテ)もこの分野では老舗の一角を成す。取り扱うブランドの数は270にも及び、「ドルチェ&ガッバーナ」「マーク・ジェイコブス」「ステラ・マッカートニー」などの名前も見える。

 日本語で利用できるサイトが「アロハラグ」。米国ハワイ州のオアフ島にあるセレクトショップが開いている。大御所・老舗ブランドだけではなく、「アレキサンダー・ワン」「3.1フィリップリム」など、比較的若いブランドにも目配りしている。もちろん、日本へも発送してもらえる。

 こうした外国勢を迎え撃つ日本のファッション通販サイトではやはり「ゾゾリゾート」(運営会社はスタートトゥデイ)が最強と映る。ユナイテッドアローズやビームスなどのセレクトショップも同サイトの下にオンラインショップを構えていて、その厚みは比類がない。

 ただ、無闇と取り扱いブランドを増やしてきたわけではなく、あくまでもゾゾリゾートのスタッフが好きなブランドを手がけてきたという。そのファッション愛がサイトの匂いとなって、ゾゾリゾートに固定ファンを引き付けて離さない。ビジネスライクなファッション通販サイトとは異なる、ゾゾリゾートの手作り感は、サイト規模やビジネスボリュームが昔とは格段に膨らんだ今もあまり失われていない。

 百貨店でのバーゲンセールに始まり、アウトレット、ファミリーセールと続いてきた「プロパー価格破壊」は、ディスカウントサイトの出現によって、行き着くところまで来た感じがある。自前の販売サイトで顧客を育てるか、有力サイトで値引きは抑えめにして売るか、ディスカウントで現金化を優先するか、はたまた決してウェブでは売らないか---。ブランドにとってこの判断は、単に販路が1つ増えるという程度の問題ではない。

【関連情報】

○メディアサボール 2008/11/17
 「洋服やブランド物はネット、ケータイで買う」時代が来た
http://mediasabor.jp/2008/11/post_526.html

 

 

 

 

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/1100