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『オリンピック経済効果神話』崩壊を体験中

 バンクーバー冬季オリンピック開催まであと半年を切った。8月24日には「絶対、金メダル!!」に向けてアイスホッケー男子のカナダ代表候補の合宿も始まり、いよいよオリンピックに向けてエンジンが温まり始めた。

 一方で、世界不況のあおりを受けて、オリンピックを取り巻く経済環境は一向に改善する様子を見せない。

 バンクーバーオリンピック・パラリンピック組織委員会(VANOC)の17億5000万カナダドルと試算していた運営予算は、スポンサー契約の予定もほぼ底をつき、約4000万Cドル不足する見込みだ。

 VANOCの予算不足を補うブリティッシュ・コロンビア州政府も、今年2月に発表した赤字予算が予想以上に膨らみ、5月の州議員選挙で公約した2年での赤字財政脱出を、8月には4年に引き伸ばした。州政府による3大オリンピック関連施設建設のうち、バンクーバー・ウィスラー間を結ぶ高速道路の拡張工事以外はすでに完成している。

 建設費は、8月17日に予定より3週間早く開通した空港とダウンタウンを結ぶモノレールに20億Cドル、大会期間中メディアセンターとして使用される新コンベンションセンターは、4億9500万Cドルだった当初の予算から約2倍の8億8320万Cドルまで膨れ上がった。高速道路拡張工事は完成すら怪しく、建設費はまだ不明のままだ。

 他にも、バンクーバー市の建設費融資増額問題で揺れた選手村建設もまだ最終的な数字はわからない。世界経済崩壊はすっぽりとオリンピックを飲み込んだ形だ。そして、そのつけを負わされるのは州民である。

 BC州ゴードン・キャンベル州首相は、事あるごとにオリンピック開催前、期間中、閉幕後の経済成長を声高に訴え、州民に負担を強いてきた。

 2003年7月に開催が決定した。それと連動するように、バンクーバーでは空前の不動産ブームが沸き起こった。不動産価格の高騰は止まるところを知らず、不動産バブルという言葉が使われ始めた。どこかで聞き覚えのある言葉だ。バンクーバーで一般市民が一軒家を持つことはもう夢となった。不動産価格の急騰に比例して固定資産税が上昇した。2000年に一軒家を購入した友人は、2008年には固定資産税が倍増したと語っていた。それまでは、そこそこの収入でも楽しくゆとりある生活をしていた一般市民にまで、経済発展至上主義を押し付けた格好だ。

 これもそれも、経済が発展すればすべては州民に返ってくることだ、というのが州政府のスローガンだったのだ。しかし、実際には開催1年半を前に世界経済が崩壊した。たかが冬季オリンピックくらいでは、とてもではないが世界経済悪化の波を跳ね返せるだけの効果はない。『オリンピック経済効果』はどこへやら、我々の手元には『増税』という重い負担だけが残ることになりそうだ。

 100年に1度の世界不況に見舞われたことが不運だったというかもしれない。しかし、そもそも招致活動から10年、開催決定から7年という時間の中で、世界中を目まぐるしく流れる経済活動が成長し続けると思っている方が無茶なのではないだろうか。いつから、『4年に一度のスポーツの祭典』が、『千載一遇の地域経済活性化起爆剤』という概念に摩り替わったのだろう。

 キャンベルBC州首相は7月、日本記者団を前にオリンピック経済効果についてこう語った。「BC州では、現在でも1日300から400万ドルの経済効果を、オリンピックを理由としてあげていると思う。オリンピックが近づくにつれて、更なる効果が期待できると思っている。ほとんどの経済モデルケースでは、2010年にはBC州のGDPを1パーセント上昇させると出ている。
 オリンピックは目的ではなく出発点で、例えば、東京五輪が東京の発展を促進したように、2010年を目標とするのではなく、2010年をきっかけにして、BC州の国際的な認知が伸び、経済的、社会的発展を期待している」。

 そもそも経済効果とは何なのか? 誰のためのオリンピックなのか? 誰のための経済効果なのか? 大体、BC州に経済効果が必要だったのか? 結局、得をするのは一部の富裕層だけではないのか? オリンピックが終わって増税で苦しむのは大部分の一般州民ではないのか? 疑問は次々に湧き起こってくる。

 商業化オリンピックの象徴1980年ロサンゼルス五輪以降でも、開催地は結局負債を抱えることになった。今年1月のVancouver Sunに掲載された関連記事には、the University of Western Ontarioの International Centre for Olympic Studiesの研究が掲載されていた。それによると、前回の2006年冬季トリノ大会では1億9582万米ドル、2004年夏季アテネ大会では170億米ドルの負債が残されたという。1998年冬季長野大会も大きな負債を残したことは周知の事実だ。それでもまだ世界は『オリンピック経済効果神話』を信じている。

 来年開催されるバンクーバー冬季オリンピック・パラリンピックが成功するかどうかは、見る角度によって違ってくるだろう。カナダ国民にとっては最終日にアイスホッケー男子が金メダルを取り、高々と中央に掲げられるメープルリーフを見ながらO Canadaを合唱できれば、バンクーバーは大成功だったオリンピックとして後世まで語り継がれることは間違いない。
 
 しかし、経済的、社会的にはどうだろう。オリンピックを機に経済的にも、社会的にも、知名度的にも、大都会への仲間入りを目指して脱皮したいという州政府の思惑は、体が半分古い皮から抜け切れないまま、不格好に宙ぶらりん状態になってしまった。犯罪増加による治安の悪化や貧富の差の拡大という大都会並みの弊害が生まれ、そこそこの経済活動と知名度だけが掌にちょこんと残るという中途半端な街になるような気がしてならない。

 それを実感するのはいつだろう。すでに州民はそう感じているのかもしれない。『オリンピック経済効果神話』崩壊体験中には見えない答えは、10年後、20年後を待つしかなさそうだ。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○メディアサボール 2009/01/30
 オリンピック研究者が下した結論「経済波及効果なんてない」
http://mediasabor.jp/2009/01/post_575.html

○メディアサボール 2008/11/20
 「オリンピックの光と影。金融危機で窮地に立たされたバンクーバー」
http://mediasabor.jp/2008/11/post_529.html

 


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