Entry

脆弱化の中で垣間見せる米経済の「強さ」 軍民技術の統合も

  米国の経済は10年周期で転回し始めた。1980年代のレーガン政権は富裕層減税を断行する一方、戦略防衛構想(SDI)を頂点とする軍拡を進めて財政の大赤字を招いた。90年代のクリントン政権は冷戦終焉に伴い財政赤字を解消し、軍需技術の民用転換の粋となった情報技術(IT)で景気を好転させた。

  ところが、ブッシュ現共和党政権(2001年から)は「テロとの戦い」を開始、軍拡と戦時経済への突入で空前の財政赤字を生み、米ドル暴落、米国発世界恐慌の懸念が高まりつつある。しかし、米経済の脆弱化の進行は否めないものの、その強靭さは根深く浸透した多国間協調体制によって維持されている。


▼中国と共に世界経済を牽引

  2000年のITバブルの崩壊以降、イラク戦争、対テロ戦遂行による軍拡に沸く米国が世界経済の唯一の成長エンジンになった感がある。軍事依存による世界経済の不均衡を蓄積させているものの、03年のイラク侵攻が世界の景気後退を中断させたのは否定できない。さらに、米国の軍産複合体は欧州、日本の軍需産業との相互補完促進に拍車を掛けている。米議会予算局の試算では、03年に3590億ドルだった軍事支出は、07年には4080億ドル、15年には4300億ドルへと膨らむ見通しだ。

  これは冷戦終結直後の90年代に予算抑制された米軍需産業の不満が21世紀初頭に好戦的なWブッシュ政権発足で爆発したとも言える。レーガン時代と決定的に異なるのは冷戦が「熱戦」に転化したことだ。今や生産された軍需品は短期間に大量消費され空前の活況を呈している。しかし、世界経済は中国を工業生産基地とし、米国を最終消費地とするこの20年間で定着したメカニズムをあくまで基礎としており、中国が「もう1人の主役」であることに変化はない。


▼航空宇宙が新フロンティア

  米欧共同の軍産複合体形成については既に詳述した。そこでニューフロンティアとなっているのが米製造業の最後の砦である航空宇宙産業である。日本の金融界のメガバンク化と同様、90年代に大再編された米軍需産業は同盟国への投資を進めている。象徴的な大型プロジェクトとして、オーストラリアのハイパーソニックス計画がある。旧来の5倍のマッハ10を可能にする新エンジンを搭載、軍民併用の宇宙航行機を開発中だ。

  また、最親米国・フィリピンのクラーク旧米軍基地では、ロッキードマーチン、ノースロップグラマン、ロールス・ロイス (Rolls-Royce)など世界トップ企業を含め30を超す航空宇宙関連メーカーが既に進出。廉価な労働力を利用し、日本や豪州で最終組み立てされる弾道ミサイル防衛関連を含む軍用航空宇宙機器部品の供給拠点に変貌しつつある。

  アロヨ比政権は米軍需産業が100%出資の子会社を設置できるよう法整備を行い、ブッシュ米政権はフィリピンを北大西洋条約機構(NATO)非加盟国中の最重要国に指定、研究開発費や輸出補助金を付与するなど世界的にも稀な関係を築き上げた。


▼ネオリベラリズム体制と欧州の支援

  さて、問題は米国の軍拡と戦時経済が「ドル垂れ流し」を促し、空前の経常赤字を生み出していることだ。これが米経済への信認を低下させ、ドル暴落への強い不安を生んでいる。また、サッチャーリズム、レーガノミクスから発展し、現在興隆を極める新自由主義(通称:ネオリベ)が極端な金融業肥大化=カジノ資本主義を招き、世界経済をハイリスクな投機の坩堝としてしまった。

  そこで垂れ流された米ドルの米国への還流が綻び始めているのをどう繕うかが最大の課題となってきた。日本と並ぶ米国財務省証券(TB)を購入するドル還流のキープレーヤーの中国が金利の低いTBからハイリターン投資へ転換し始めた。こんな中、最後の貸し手として登場したのが英国と欧州連合(EU)で、中国、日本、インド、東南アジアや中東産油国のオイルマネーなど、米ドルを集めて米国の債務保証のために対米再投資を始めた。

  また、欧州中央銀行は今年8月に行ったサブプライムローン焦げ付き問題による信用不安拡大防止のために欧州金融市場へ円換算で約30兆円を資金注入したと言われており、不安を緩和した。中国が設立したばかりの投資公社も主要投資先は西欧のEU加盟国であり、投資資金の一部は米国の信用危機回避に使われるシステムが出来上がっているという。米国の金融危機は決して予断を許すものではない。だが、最大の同盟国である英国を中心にした恐慌回避への協調体制は強化されつつある。

 

【関連情報】

○MediaSabor  2007/08/07
 「中国が国家資産基金(SWF)運用で欧州へ投資攻勢、米財政に懸念の声も」
http://mediasabor.jp/2007/08/swf.html


○MediaSabor  2007/07/09
 「脱金融偏重の決め手は米欧共同軍産複合体の形成━英経済の綻び繕う軍需産業」
http://mediasabor.jp/2007/07/post_151.html


○[新崎幸夫,Business Media 誠]  2007/09/12
 「サブプライムローン問題がMBAの学生たちを悩ませる事情」
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0709/12/news107.html


○Munchener Brucke  「ネオリベからの開放未だ途上」 2007/10/22
http://d.hatena.ne.jp/kechack/20071022/p1


○Living, Loving, Thinking 「新自由主義を支持する人たち」 2007/10/27
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071027/1193510497


○Internet Zone::WordPressでBlog生活
 樫村愛子『ネオリベラリズムの精神分析』  2007/08/27
http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2007/08/27225841.php

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/465