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ビル・エヴァンスの地下鉄通過音をiPod+ポータブル・ヘッドフォン・アンプで聞き(機器)比べ 

 iPodの新機種が発売された。しかし今回はそのラインナップに大きな変更はなく(7月にすでに発売されていたiPhone 3Gを別とすれば)、新機能も、世界中のユーザーのiTunesライブラリーの内容を解析して、「傾向の似た曲」を抽出した「プレイリスト」を自動作成してくれるGENIUSぐらい。これは今後大きな発展をしていく可能性を感じさせてはくれるが、個人的には、自分のハードディスク内の音源に関する情報をたとえ匿名性が担保されることになっているとはいえ、アップルに提供するという行為に、現時点ではまだ少々抵抗がある。

 それよりも、筆者にとって今回のサプライズは、iPod classicの新しいラインナップ(第6.5世代)が、ハードディスク容量120GBのモデルに一本化されてしまったことだった。これだと、従来160GBモデル(と80GBモデルの2系統)が用意されていたことからすると、スケール・ダウン、低容量化ということになってしまう。

 新機種が発売されるのに合わせて、「お試し」のつもりで1年前に買った80GBモデルから、160GBモデルか、(ひょっとしたら新たにラインナップに加えられるかもしれない)さらなる大容量のモデルに買い換えようと画策していた筆者にとっては結構ショックな出来事だった。

 それだけの大容量が必要なほど、この1年間で個人的にもiPodの使用頻度は高くなるばかり。簡単には手放せない個人用音楽データベースと化してしまっているのだ。

 それに、今年始めのエントリー(音楽雑誌編集者がiPod音質向上に初挑戦:http://mediasabor.jp/2008/01/ipod.html)でも書いたように、一曲一曲のインポートの際、圧縮レートは原則としてデフォルト設定より一段階以上は高めに設定してある(AACで192kbps 以上が基本)。そうなってくると、アップルの宣伝のように、80GBで(最大)20,000曲を保存、というような状況は実現しない。256kbpsやAppleロスレスでインポートした曲もそこそこあったりする関係で、筆者の現状では9,810曲。これで、80GBの残りは、もうほんのわずかである。

 そこで結局、昨年発表の旧ヴァージョンである第6世代のiPod classicの160GBモデルを慌てて探し回るハメになったのだが、同じようなことを考えていた人か多かったのか、どこの店でも売り切れになっていて結構焦ってしまった。

 そんなこともあって、iPodの160GBモデルをあちこちの電器店から、ネット・ショップを探し回って何とかゲットできてホッとしてたら、今度はポータブル・ヘッドフォン・アンプの名器とされ一部で非常に高い評価を受けながら製造中止となっていた、Emmeline SR-71(註)に、新型が発売されるというニュースが飛び込んできた。それが、Emmeline SR-71A Black Bird。ナンバリング入りで500個限定と聞いて、思わず、すぐに注文のメールを送ってしまったが(職業病です!)、日本からかなり注文が行っているという。

Emmeline SR-71A Black Bird
(Ray Samuels Audio)
旧SR-71(左)と新SR-71A。新型はひと周り小さくなったのが嬉しい

 その最新のアンプが送られてきたところで、さぼっていたビル・エヴァンスの名盤『ワルツ・フォー・デビー』の地下鉄の音問題の検証にトライしてみた。『ワルツ・フォー・デビー(Waltz For Debby)』は、ご存じの方も多いと思うが、ジャズ・ピアニスト、ビル・エヴァンスが、スコット・ラファエロ(ベース)、ポール・モーシャン(日本では通常「モチアン」と誤表記されることが多い、ドラムス)の二人を従えて、1951年6月25日、ニューヨークのジャズ・クラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードでライヴ録音したアルバム。


ビル・エヴァンス
『ワルツ・フォー・デビイ』
(リヴァーサイド/ビクター VICJ60141)
インポート元のCDには、現在は廃盤だが評判の高いこの
20bitK2/xrcdヴァージョンを使用。レートは、Appleロスレス

 ところが、ビル・エヴァンスを特集した月刊『PLAYBOY』2005年6月号の田中伊佐氏さんの記事によると、ニューヨークの7番街にあるこのクラブは地下1階に位置しているのだが、そのすぐ近く(およそ地下2─3階の深さ)のところに「ライン1-2-3」という地下鉄が走っており、その通過音を、この時の録音に使用した感度の高いマイクが拾ってしまっているらしいのだ。

 ただし、それは誰が聞いても「あっ、電車が通った」とハッキリわかるような音ではなく、かすかにその振動が右チャンネル側の耳に伝わってくる、というような微妙な音。それだけに、ヘッドフォン・アンプの特性の微細な違い(ただし、わかるのは低音域の解像度のみだが)を少しでも客観的に比較するのに、いい素材ではないかと思ったわけだ。

 で、同じ日に録音された素材から作られた関連作『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』と併せて、聞き比べ、ならぬ機器比べにトライしてみた。


ビル・エヴァンス
『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』
(リヴァーサイド/ユニバーサル UCCO5006)
こちらは聞き比べ箇所が少なかったこともあり、
圧縮レートは192kbpsとした



 結果は下の表の通り。なお、「PLAYBOY」とあるのは、前述の記事で言及されていたポイントに、文中の表現を元に「強弱」の解釈を交えて表わしたもの。ネット情報というのは、インターネットのブログ等で言及されているポイント。「直刺し」というのは外部のヘッドフォン・アンプなしで聞いた結果だ。また、その強弱を表わす記号は、それぞれ以下のような「感覚」で付けている。

△=時間表示とニラめっこしながら聞くと、確かにその辺りで「違和感」があるような
  気がする(疑問符付きなのは、さらにあやふやな箇所)。
○=時間表示とニラめっこしながら聞くと、何とかわかる
◎=普通に聞いていても「アレっ? 何、今の?」っていう感じがするくらいにわかる




 あと、上で使用したヘッドフォンはUltimate Ears Triple Fl 10 Pro だが、念のために、iPod付属のヘッドフォン(直刺し)でも該当箇所を聞いてみた。時間表示と見比べながら聞けば、「◎」の箇所などでは、かすかにそれとわかるぐらいの「音の震え」を感じることはできた。しかし、それを確認できるだけの音量を得ようとすると、今度は歪んでしまうのだ。やはり、付属ヘッドフォンの実力には限界がある。

 どうだろうか? オーディオ評論家の武田昭彦さんに聞くと、かつては、このアルバムのアナログ・レコードで、カートリッジによる「通過音」との距離感の表現の違いが比較されたりしていたのだそう。そこまでのニュアンスは無理でも、iPodで、まぁまぁこういう微細な音も再生できるのだということはわかっていただけたと思う。ただし各ヘッドフォン・アンプによる再現度の違いは、それほど大きくはない。ただ、スマートなiPodと一緒にわざわざゴツい機械を一緒に持ち歩きつつも、この小さな違いにこだわるところに、「男の趣味」的な面白さを、ついつい感じてしまうのも確かなのである。

 さて、いま「男の趣味」などという言葉を使ってしまったが、しかし最近は、ヘッドフォンやポータブル機器の世界も急速にオタク化が進み、「男の趣味」という言葉から想像できるようなハードボイルドな色彩とは違った方向に発展しつつあるようだ。今年になって出た、ヘッドフォンに関する2冊のムックの表紙を見ていただければ、それは実感していただけるはずである。

 『新・萌えるヘッドホン読本』は、もともとは同人誌として出されていた2冊をまとめてメジャー・リリースしたもので、中は、いろいろなシチュエーションでヘッドフォンをかけた女の子のイラストでいっぱい。『Headphone Style』の方も、表紙にも登場しているタレントの石井めぐるだけでなく、中のカラー・グラビアでは、モデルの女の子や一般の女の子(男の子も登場するが)のヘッドフォン装着姿の写真が多数掲載されている。

『新・萌えるヘッドホン読本』
岩井喬編/白夜書房刊



『Headphone Style』
オークラ出版刊

 

 それがハイテク化した「耳あて」みたいなものだからだろうか、(カワイイ女の子がかける)ヘッドフォンも「萌え要素」化しつつあるのではないか。そして、もしそんな見方が正しいとしたら、前回触れたPerfumeの「フィルター・ヴォーカル」(http://mediasabor.jp/2008/09/perfume_1.html)などと同様、現実の「女の子」をわざわざアンドロイドチックに仕立て(見立て)ていくようなアイテムばかりが次々と「萌え要素」化していってることになるような気がするのだが、果たしてこれは何を意味するのだろうか?

 

<註>
Ray Samuels Audio(www.raysamuelsaudio.com)という米国のガレージ・メーカーが販売していたポータブル・ヘッドフォン・アンプの名称。SR-71というのは米軍が使用していたロッキード社製の超音速偵察機の名前からで、このメーカーの製品には、ことごとく米軍の兵器の名前が付けられている。このことはまた、米国ではまだ、この手のマニアックな製品が「男の趣味」的世界に留まっていることを示しているのかもしれない。

Emmeline SR-71の日本での評判に関しては、
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/todays_goods/30636.html
を参照。ただし、記事が書かれたのは2年前で、その後、同等に優秀なアンプは何種類か登場している。ちなみに、新型のSR-71Aは、この旧SR-71の音質傾向を基本的に受け継ぎつつ、中高音域はよりシャープに鳴らしてくれるように感じられる。しかしながら、ひとつ一つの音の太さなど、どことなくアナログ的な質感を感じさせてくれるという意味では旧型も捨て難い。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○音楽の冗談 「夭逝したスコット・ラファロ伝」 2005/02/01
 ラファロの演奏手法について可能な限り言葉で紹介してみたいと思います。
 (興味を持たれた方は、アルバム『ワルツ・フォー・デビー』を聴いてみて下さい。)
 4部作におけるラファロのベース音はエバンスのバックにおいてもかなり速く指を
 動かして、細かい音を出しているのがわかります。特にソロパートでは派手で複雑な
 弾き方をしていますが、常に演奏がスイングしています。つまり彼はベースを用いて、
 ピアノと絡みながら曲を「歌って」いるのです。
http://mozartant.blog4.fc2.com/blog-entry-3.html


○こだわりの挽きたてクラシック・カフェ 2007/03/05
 「クラシックホールにジャズの名曲「ワルツ・フォー・デビイ」が鳴った夜
  ---宮谷里香とビル・エヴァンス---」
 その夜、浜離宮朝日ホールにビル・エヴァンスの名曲「ワルツ・フォー・デビイ」
 がやさしく鳴り渡った。3月1日、宮谷里香さんのピアノリサイタルで演奏された
 アンコール曲。今や押しも押されぬクラシック畑のピアニストがなぜジャズを?
 と思うかもしれない。
http://49907771.at.webry.info/200703/article_2.html


○愛情いっぱい!家族ブロ! 2006/09/12
 「ビル・エヴァンス--ワルツ・フォー・デビー--」
 何度聴いても聞き飽きない、胃もたれしない。
 夜寝る前に聞くと、どんないやなことがあった日でも、
 ああ、今日はいい1日だったなあと幕を閉じてくれるような、
 とびきり甘い、とろける砂糖菓子、おひとついかが?
http://ameblo.jp/kapuseruzamurai/entry-10016951799.html

 

 

 

 

 


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