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オンラインメディア、ニュースサイトの有料・無料化議論の行く末は

  • 米国在住ジャーナリスト

 有料か無料か―。オンラインメディアの将来を占う重要な動きが今年米国であった。それまで有料でニュースを提供していた大手新聞社が無料化に踏み切る一方、逆に有料化に転換した雑誌も登場した。ネット上で紙媒体と同様に記事を公開する電子版が始まってからすでに10年以上が経過しているが、メディア業界ではいまだ試行錯誤の状態が続いている。


▼過去記事も無料にしたニューヨークタイムズ

 米国を代表する高級紙と呼ばれるニューヨーク・タイムズはこの9月、電子版の無料化に踏み切った。同社は2年前から有料コンテンツを会員向けに提供する「タイムズセレクト」をオンラインでスタートし、人気コラムなどを会員だけが見られるようにしていた。会費は月額7.95ドル、もしくは年額49.95ドル。22万人の会員を集め、年商は1000万ドルに達していたとされる。今後はこれらのコンテンツに対して課金を行わない。

 同時に過去記事の検索・閲覧も無料化へと移行した。アーカイブと呼ばれる過去記事検索サービスは、オンライン新聞事業のなかで付加価値の高いサービス。それまでは図書館や新聞社を訪れ、バックナンバー、マイクロフィルム、縮刷版などを通じて記事を閲覧する必要があったが、どこからでもオンラインで購入できるようになったためだ。1記事あたり3ドルを課金していたが、同社では、1922年以前と1987年以降の記事に関して無料開放することに決めた。

 無料化への方向転換の背景には、ブログの発達とサーチエンジンの利用拡大をテコにしたオンライン新聞の利用形態の変化があるとされる。現在、ニューヨークタイムズのトップページからアクセスされる割合は全体のおよそ半数で、残りの半分はブログなどに貼られたリンクをたどって直接、該当記事にアクセスしてくる。

 同社では、ブロガーのためにリンクジェネレーター(http://nytimes.blogspace.com/genlink)と呼ばれる機能を提供し、リンク記事に関してはアーカイブ入りしても無料で読めるようにしてきた。しかし、ブログ経由のアクセスが増えるに従い、結果的にアーカイブの有料化を続ける意味合いが薄れてきてしまった。

 また、記事が有料の場合、サーチエンジンの上位に表示されないという問題もでてくる。会員制をとっているうえ、有料記事は無料記事と比べてアクセス数が少ないため、ニューヨークタイムズの記事は必然的にサーチエンジンの下位に表示される。調べ物をする際、Google(グーグル)などを使って検索をする人がかなりの割合になる現在、検索上位に載らないのはアクセス数を稼ぐために大きな痛手だ。

 今後は電子版の収益を広告収入に依存することになるが、アクセス数が多ければ営業政策上有利な条件を生み出す。折りしもオンライン広告市場は成長を続け、2007年上半期の米国メディアに出稿された広告総額は前年同期17.7%増の55億ドルを記録した。これは広告業界で唯一、二桁の伸びを示した分野。不動産や自動車といった大口クライアントがオンラインへのシフトを強めていることからも、同社では有料化サービスをはるかに凌ぐ収益を広告で得られる可能性があると判断したようだ。

 無料化へのシフトは、高級経済紙のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)でも検討されている。同紙は、電子版をほぼ全面的に有料展開して成功したとされる数少ない事例。年額79ドル、紙媒体との同時購読では同99ドルで記事にアクセス可能とし、9万人以上の有料読者と6500万ドルの収益を獲得している。経済紙ならではの独自の分析と切り口が記事の専門性を生み、有料化にマッチした。


▼ついにWSJも無料化を検討

 無料化検討のきっかけとなったのは、ニューズ・コーポレーションによる買収。WSJ紙を発行するダウジョーンズ社は、メディア王の異名をとるルパード・マードック氏が率いるニューズ社へ今年売却された。新たなオーナーとなるニューズ社は、WSJ紙の電子版を無料開放し、広告収入体質への転換を望んでいると伝えられている。買収手続きは12月中に完了し、すでに新たなCEOがニューズ社から送り込まれることが決まっていることから、無料化議論も一気に進む可能性が高い。

 米国の新聞の場合、もともと広告収入比率が高く、購読費と広告費割合は2対8から3対7程度といわれる。こうした事情も広告依存へ移行しやすい理由の一つとしてあるようだ。

 一方で新たに有料化に踏み切ったのは、ITベンチャー企業系の情報を扱うレッドヘリング誌。同誌では印刷媒体を廃止し、電子版1本への移行を決めた。

 同社が発行するのはデジタル雑誌と呼ばれるもので、PDFフォーマットを使ってページ切り替えができるなど、より紙媒体に近いインターフェースを採用する。切り替えの狙いは、印刷費など製作コストの削減とオンラインならではのグローバルな読者獲得を見越したもの。

 2009年終わりまでに50万人の読者獲得を目指すという。ただ、ウェブサイトを通じたニュース配信は他のメディアと同様に無料で行っているため、デジタル雑誌でどこまで差別化が図れるのか不透明な部分もある。

 一ついえることは、同誌のような情報技術系雑誌の場合、電子媒体がなじみやすい。もともと、読者がオンライン経由で情報収集を行う機会がかなりの比率を占めるからだ。いずれにしても、オンラインメディアの将来を占うアプローチの一つとして、今後の購読者数の動きが注目される取り組みではある。


▼情報の波を乗り切る工夫が価値を生む

 各社の試行錯誤はしばらく続くだろうが、私はマスメディアの情報は無料化に向かうと予想する

 ブログを初め、無料の情報発信源がネット上にあふれる現在では、クオリティの高い情報だからといって、単なるニュースや解説の類にお金を出す人は多くはない。ちょっと検索すれば、いくらでも類似した無料情報がでてきてしまうからだ。

 希少性の高い有料情報であったとしても、それを購入した人がブログや掲示板などにコピーするか、流用して再生産すれば同じことが起きる。情報共有手段が限られていたネット時代到来以前の購読システムは、すでに破綻している。

 このデジタル社会の宿命に、メディア側が有料化で打ち勝つ効果的な方法はいまのところないように思われる。

 では、メディア情報には今後、一切課金できないのだろうか。それはアイデア次第だと思う。例えば、個人が興味を持つテーマのニュースを分かりやすく編集し、印刷媒体のように見やすくレイアウトした上で読者に届けるサービスがあれば、お金を払う人がいるかも知れない。

 情報化社会は人々の忙しい日常をさらにせわしなくしてしまったが、それを増幅するのではなく、効率化させるような工夫に価値が生まれるはずだ。

 

【関連情報】

○MediaSabor  2007/08/16
 「ダウ・ジョーンズを買収したルパート・マードックが描く、次世代メディアの姿」
http://mediasabor.jp/2007/08/post_183.html


○MediaSabor  2007/12/13
 「情報流通革命(出版2.0、新聞2.0)の切札となるか
  ─Amazon(アマゾン)のモバイル電子書籍リーダーKindle(キンドル)」
 ニューズウィークの特集記事「読書の未来」では、アマゾン・ドット・コムの
  Kindle(キンドル)を、「従前の試みを超越し、Book 2.0へと転換していく上での
  ターニングポイント。読者がいかに読み、書き手がどう書き、出版社がどのように
  出版するかに革命をもたらす」と評している。
http://mediasabor.jp/2007/12/2020amazonkindle.html


○MediaSabor  2007/10/22
 「電話通話料も無料に─広告収入による無料ビジネスモデルの広がり」
http://mediasabor.jp/2007/10/post_241.html


○MediaSabor  2007/12/10
 「新聞社ニュースサイト再編でオンラインジャーナリズムの特性を発揮できるか」
http://mediasabor.jp/2007/12/post_283.html


○メディア・パブ 2007/09/19
 「WSJサイトを無料化にすべきだ」とマードックが繰り返し主張
http://zen.seesaa.net/article/56065888.html


○池田信夫blog  「WSJも無料化?」 2007/08/11
 日本では、新聞社のサイトは全文さえ載せず、すぐリンクが切れる。おまけに
  個人情報保護法で、個人データの扱いが非常に面倒になってしまった。
  比較的熱心なのは産経新聞で、10月からはMSNと提携するが、どうせやるなら
  関連サイトを統合して全文を永続的データベースにし、宅配をやめるぐらいの
  大改革をやってはどうか。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/12b5f0b5165ec77e934fdae91adddc0a


○CNET  「新聞をしばらく見ない」 2007/04/12
 新聞もつらいのだろうな、とは思う。インターネットや携帯電話の台頭によって、
  言論空間や消費行動における位置づけ、また生活時間の使い方等、様々な面で
  マスメディアの利用スタイルが大きく変わってしまった。それをきっかけに、
  マスメディア間でのカニバリズムの表面化やネット等の新たな競争相手を意識
  せざるを得なくなった。かつて「販売店網」を顧客接点としたビジネスモデルや
  バリューチェーンは日本の新聞業界における競争力の源泉であったが、むしろ
  市場変化への対応の足かせになっているような気配さえ感じる。
http://blog.japan.cnet.com/kurosaka/a/2007/04/post_2.html


○CNET  2007/11/06
 「WSJ.com、購読者数が100万人を突破」
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20360372,00.htm


○マーケットの馬車馬 2006/09/09
 「今週のThe Economist:誰がしんぶん殺したの?」
 メディアビジネスでは戦略を練るべき勘所が3つ存在することになる。まず、
  (1)どんな記事を書くか・仕入れるか。そして、(2)その記事を使ってどんな
  読者を仕入れるか。最後に、(3)記事を餌に集めた読者を、どの広告主に
  売りさばくか。
http://workhorse.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/the_economist_b814.html

 

 


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