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患者の顔をみない医療に一石を投ずる 医学生にナマの闘病体験を語る「患者講師」

 日本で国民皆保険が実現した昭和36年当時、多くの医者は血圧計と聴診器だけで病気の診断に挑んでいた。今のようにCTもMRIもなく、血液検査といえば赤血球と白血球を顕微鏡で一つひとつ数える程度。レントゲン写真を撮るのは大ごとだった。医者は患者の話を聞き漏らすまいと細心の注意を払ったし、患者の方は医者を「先生さま」と呼ぶほど尊敬していた時代があった。

 ところがわずか半世紀で医者と患者の関係は大きく変わった。膨大な検査データに眼を奪われ、患者の顔もまともに見ようとしない医者が増えたかと思えば、モンスターペイシェントと呼ばれる質(たち)の悪い患者も現れ、かつての「先生さま」は、逆に患者に「様」をつけて呼ぶようになった。医は仁術と呼ばれた医療の世界に経済の波が押し寄せた結果であろう。産科、小児科などは勤務医が減り、不採算部門は若手医師の人気を失っていった。救急車はたらい回しにされ、医療崩壊と呼ばれる現象があちこちで起きた。

 しかし、大きく振れた振り子は必ず戻ってくるのが道理である。そして、そこで絶妙のバランスをとるのが日本人の良いところでもある。今回はそんな兆しの一つを紹介したい。

 先ごろ、東京医科歯科大学で「医療教育への患者参加 患者の闘病体験を教育現場にどう活かすか」というシンポジウムが開かれた。このシンポジウムを企画した和田ちひろさん(患者講師推進シンポジウム実行委員会・いいなステーション代表)は、患者自らが講師となって医学生に闘病体験を語ることで、心ある医療者の育成につなげようと5年前から取り組んでいる。和田さんが主宰する「いいなステーション」では、大学の医学部、看護学部、また製薬会社の新人MRや研究員を対象に、患者講師が自身の闘病体験を語る活動を支援しているという。

 「患者講師」とは、自らの闘病経験をこれからの医療に役立てたいという考えを持つ患者(元患者)のことで、医療に携わる人たちを対象に、闘病経験を語るという講演活動をしている人たちのことである。その中には病気が完治したわけではなく、なお辛い闘病を続けている人も少なくない。

 患者講師の一人で、このシンポジウムのパネリストとして発言した内田スミスあゆみさんは、27歳のときに脳腫瘍とくも膜下出血を発症した。7か月の闘病と1年に渡るリハビリを経て社会復帰を果たしたという経験をもつ。現在2児の母親であり、コンピュータソフト関連の会社を営みながら、患者と医者のコミュニケーションをテーマに講演活動をしている。

 しかし、内田さんは自身の闘病経験を語るのは辛い作業だとも打ち明ける。なぜなら、忘れてしまいたい当時の痛みや苦しみを追体験することになるからだという。それでも患者講師を続けているのは、多くの出会いや励まし、そして学びがあったからで、医療崩壊と言われている今の医療現場が、市民と医療者がパートナーとしての関係を目指したときに、初めて何らかの希望が見えるのではないかという希望を持ち続けているからだという。

 自分がなぜ、このような活動を続けているのか、自分でもうまく説明できない。声なくして亡くなった患者さんたちのことを思うからかも知れない。あるいは、自分が「生かされている」意味を模索しているからだとも思う、と内田さんは語っていた。

 人は、どんなに富や名声を得ても「死」から逃れることだけは出来ない。「死」は生きとし生けるものの定めである。それならば、医療者にとって目の前の患者の死は敗北だろうか。決してそうではないだろう。なぜなら、「死」は生きることの「証」であり、医療者と患者との間に永遠に存在する共通のテーマだからだ。

 そのことを体現していたからこそ、医者は患者の声に耳を傾け、患者は医師の言葉に尊敬の念を抱いていたのではないだろうか。


▼いいなステーション
http://www.e7station.com/

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○debarakingの減量日記  2009/12/11
 「いいなステーションの和田ちひろさんの講演会に参加 !!」
http://d.hatena.ne.jp/debaraking/20091211/1260535901



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音声本編の配信先: 株式会社オトバンクが運営する「FeBe」上です。
http://www.febe.jp/podcast/mediasabor/index.html


<2009年12月配信の対談>

▼中島孝志(出版プロデューサー、キーマンネットワーク主宰)─永江朗

 テーマ: 仕事で重要なのは情報と人脈の活かし方(放送時間:97分)
 ※豊富な人脈を誇る現在の中島氏からは想像できない意外な会社員時代の
  エピソードが飛び出します。加えて、いくつかの業界動向や企業分析、変化の
  激しい時代に適応していくための指針、情報をインテリジェンスに昇華させる
  ための方法論が提示されます。

<対談の全体概要>
◎PHP研究所、東洋経済新報社に勤務していた会社員時代
◎キーマンネットワークを長く運営しているモチベーション
◎出版プロデューサーや書籍執筆者として多数の作品を生み出す礎となった経験
◎アパレル業界の動向
◎出版業界の動向、ヒット書籍の仕掛け
◎不況下でも好調な企業の特徴
◎媒体による広告効果の変化と考え方
◎仕事で最も重要なもの
◎キャリア形成の考え方
◎人脈の活かし方
◎情報をインテリジェンスに変換する方法論
◎変化の激しい時代のサバイバル


▼森谷正規(技術評論家)─永江朗

 テーマ: 「戦略の失敗」から学ぶ日本製造業の立て直し(放送時間:106分)
 ※長年、世界の技術を研究されてきた森谷氏の視点から、日本の製造業分野の
  失敗事例とその根本原因を分析していただきます。さらに日本の製造業が優位に
  立てる分野とマネジメント立て直しの方向性について解説していただきます。

<対談の全体概要>
◎1980年代に世界で圧倒的優位にあった日本の半導体産業が凋落した要因
◎HD-DVDがBlu-rayとの規格争いに敗れた理由
◎RDF(固形燃料化)の事業化失敗の理由
◎多くの技術がビジネス化までに至らない要因
◎失敗の根本原因(落とし穴)である12の事項について解説
◎「戦略の失敗」をいかに防ぐべきか
◎ハイブリッド車、電気自動車のゆくえ
◎自動車用電池技術開発の難しさ
◎家庭用燃料電池、太陽光パネル普及による電力業界への影響
◎情報技術がこれから向かう分野
◎日本人の特性を活かしたものづくり。日本と相性のいい製造業とは
◎ 技術力、商品開発力の優位さを事業成果に結びつけられない経営の問題点


<2009年10から11月公開の対談ラインナップ>

▼ 鈴木謙介(関西学院大学 社会学部 助教)─井上トシユキ
 (本編から抜粋のテキスト記事: 変貌するメガヒットのメカニズム「わたしたち消費」とは)
http://mediasabor.jp/2009/10/post_707.htm

▼ 神林広恵(ライター)─永江朗
 (本編から抜粋のテキスト記事: スキャンダル雑誌の金字塔『噂の眞相』のつくりかた)
http://mediasabor.jp/2009/10/post_708.html

▼ 小林弘人(株式会社インフォバーン CEO)─井上トシユキ
 (本編から抜粋のテキスト記事: 出版・新聞のネオビジネスは業界の外から勃興する)
http://mediasabor.jp/2009/11/post_719.html

▼ 梶原しげる(フリーアナウンサー)─永江朗
 (本編から抜粋のテキスト記事: 常識を破壊する「濃いしゃべり」で結果を出せ)
http://mediasabor.jp/2009/11/post_721.html 

▼ 伊藤直樹(クリエイティブディレクター)─河尻亨一
 (本編から抜粋のテキスト記事:「インテグレーテッド・キャンペーン」で「グルーヴ」を起こす)
http://mediasabor.jp/2009/11/post_723.html

▼ 小飼弾(プログラム開発者)─井上トシユキ
 (本編から抜粋のテキスト記事:創造と依存をバランスさせて「仕組み」を活かせ)
http://mediasabor.jp/2009/11/post_724.html

 


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